「子どもの貧困」は見えにくい!
豊かなはずの日本で、子どもの貧困は9人にひとり

 「子どもの貧困」という言葉を耳にしたことはありますか?
生まれ育った環境(家庭など)によって、栄養バランスの良い食事を十分に取ることができない、教育の機会が十分に得られない状態など、当たり前の生活環境が維持されない子どもたちが、この豊かな国、日本にも大勢います。

 厚生労働省「2022年国民生活基礎調査の概況」によると、子どもの貧困率は11.5%(2021年)、9人にひとりが該当し、一人親世帯では実に44.5%に上るといいます。この数字を聞いても、実感がわかない人が多いと思います。なぜなら、日本における「こどもの貧困」の現状は、見えにくいと言われているからです。親や子どもに貧困であるという自覚がなかったり、周囲の目を気にして支援を求めなかったり、付き合いが少なく地域の目が届かなかったりすることが、要因としてあげられます。

 心理学部の吉住隆弘教授は「助けを求めようにも迷惑だと避けられたり、あるいは偏見によって拒まれてきたという経験と不信感から、周囲に支援を求めない現状があります。SOSの声が抑圧され、さらに見えにくくなっているのです」と支援を求めない要因は人間関係での孤立が大きいと指摘しています。
※貧困には、人間として最低限の生活を営むことができない状態の「絶対的貧困」と、その国の中で比較して、大多数よりも生活水準が貧しい状態の「相対的貧困」があります。「相対的貧困」は、世帯の所得がその国の等価可処分所得の中央値(50%)未満が目安とされています。厚生労働省の統計やこの記事は、『相対的貧困』を基準にしています。

学習支援の場を『第3の居場所』に
「困ったときは助けを求めてもいいんだよ」

 2013年から、NPO法人ささしまサポートセンターの一員として(現在は副理事長)、生活困窮世帯・ひとり親世帯の子どもたちへの学習支援活動(名古屋市からの委託事業)に取り組んできた吉住教授。「学習支援の場に通う子どもの多くは,表面的には心身ともに健康に見えますが、ふとした瞬間、人知れず重荷を抱え、苦悩している姿を感じることがあります。そんな時、家庭の貧困を抱えた子どもには、家庭や学校以外の、落ち着ける、元気になれる第3の居場所が必要だと強く感じます」と話し、学習支援の場が、第3の居場所になればと願い、活動しているそうです。

 本学の心理学部・心理学研究科に所属する原千紗都さん(心理学研究科修士1年)、大森彩加さん(心理学部4年)、寒河江真菜さん、清水彩花さん(同3年)は、児童福祉やスクールカウンセラーなどに関心があることから、ささしまサポートセンターで、大学生サポーターとして中高生の学習支援事業に参加しています。生活困窮世帯・ひとり親世帯の生徒たちと、どう向き合うか、常に考えさせられるといいます。生徒との距離感や雰囲気づくり、一人ひとりの性格を確認しながらの対応、自分の当たり前が偏見かもしれないと意識することなど、学んでいる心理学を活かしながら経験を重ねています。

 学習支援の場では、生徒たちが学生サポーターに、家庭や学校、自身のことなど、いろいろと話してくれると言います。「ポロっと、家庭の悩みや家庭への不満などを話してくれる生徒もいます」と話す一方で、「おとなしい子もいて、ヘルプが受け取れないままになることも」と戸惑いもあるようです。「『勉強に限らず、分からない時、困った時は助けを求めてもいいんだよ』と感じてほしいから、自分たち学生サポーター同士で助け合う姿勢を常に見せるようにしています」と皆が口を揃えて言います。「勉強のサポートをしながら、生徒たちにとって落ち着ける居場所にする」ために、一丸となっています。

親から子へ、子から孫へと『貧困の連鎖』が社会問題に
"お互いさま"の精神で、"我が事"として関わろう!

 子どもと一緒に暮らす大人の所得が低いことや、子どもが育ち、学ぶためにかかるお金が高すぎることなどの要因から、子どもの貧困は起こります。栄養バランスの取れた食事を十分に取ることができない、教育の機会が十分に得られない、1人で家にいる時間が長くなる、自己肯定感が低くなるなど、貧困を抱えた家庭の子どもは、一般家庭の子どもに比べ、厳しい生活環境に置かれています。一度、貧困に陥ると、その状態から抜け出すことは困難であることから、貧困は連鎖すると言われています。大人になっても貧困が解消されないまま、その子どもや孫の世代まで連鎖するケースが多くみられることは、大きな社会問題となっています。

 吉住教授は、「貧困の連鎖を断ち切るためには、子どもの貧困をその家庭だけの問題として捉えるのではなく、地域や社会、そして国全体の抱える問題としてみることが重要です。地域、学校、コミュニティ、行政等の対応が消極的であれば、悪い循環が続きます。しかし、国の行う経済的支援や親の支援に加え、学校等での教育的支援、子ども食堂や学習支援事業を始めとする地域の様々な支援があることで、やがてその子が社会を支える側になるなど、いい循環が生まれます。社会全体が、"お互いさま"の精神で、"我が事"として、不利を抱える子どもの権利保障について考えることが重要です」と強い関心と積極的な支援を呼びかけています。

 厚生労働省は貧困の連鎖を防止するために、子ども本人と世帯の双方にアプローチし、子どもの将来の自立を後押しする『子どもの学習・生活支援事業』を展開しています。①学習支援、②生活習慣・育成環境の改善、③教育及び就労(進路選択等)に関する支援の3本柱で、2023年度は162億円の予算が計上されています。同事業の実施主体は自治体で、2022年時点で596の市町村が、子ども家庭センター等の公的機関、子育て支援を行う民間団体等と相互連携・情報共有をしながら、同事業に取り組んでいます。

政府広報オンライン「"こどもの貧困"は社会全体の問題 こどもの未来を応援するためにできること」より
https://www.gov-online.go.jp/useful/article/202303/3.html

生活困窮世帯の子どもからは「学校のサポート足りない」
カウンセラーには、『困り感の正体』見極めることを期待

 吉住教授は、生活困窮世帯の中学生の社会関係に着目し、ソーシャルサポート(親、学校の先生、友達の3つのつながり)とQOL(身体的健康、精神的健康、自尊感情の3つの視点)の相関関係を調査し、分析結果を発表しています。その中で、①生活困窮世帯の中学生は一般世帯の中学生と比較して、学校の先生のサポートが少ないこと、②一般世帯の中学生は親、学校の先生、友達の全てのサポートがQOLと関連したのに対し、生活困窮世帯の中学生では、QOLと関連したのは主に友達サポートであり、学校の先生のサポートはQOLと関連しなかったこと、などの特徴を明らかにしています。

 一方で、学校の先生側の意見にも注目し、生活困窮世帯の子どもとの関わり方において、難しいと感じる側面や不十分と感じる体制等について調査しています。その結果、小学校の教員は学習場面や金銭に関連すること、中学校の教員はスクールカウンセラーやスクールソーシャルワーカーの人員不足および教員の経験不足、高校の教員は家庭の経済状況の見えにくさなど、学校の種別によって状況が異なることが明らかになりました。共通していた問題点は、関係機関からの情報が不足していることがあげられています。

 これらの調査結果を踏まえて、吉住教授は、「生活困窮世帯の子どもは、学校の先生からのサポートが足りないと感じています。学校側は、より関心を持って見守ることが重要」と、期待と対応のズレを指摘し、「行動や感情コントロールの乱れといった問題の背景には、家庭環境が関係している場合もあります。目に見えない、こころを扱うカウンセラーには、背景にある『困り感の正体』を見極めることが大切です」と一歩踏み込んだアプローチに期待しています。
※上記研究は、「子どもの貧困と地域の連携・協働―<学校とのつながり>から考える支援」吉住隆弘著より

 

プロフィール

名古屋大学大学院教育発達科学研究科修了後、精密機器メーカーに勤務。中部大学人文学部教授を経て、2021年より現職。臨床心理士・公認心理師。
研究テーマは、児童・青年期のこころの問題、臨床心理学的地域援助、生活困窮者への支援(子どもの貧困、学習支援)。きっかけは、2008年にホームレス支援のために炊き出しに参加したこと。その片隅に設けられた診療所が取り組む医療生活相談にも携わり、ホームレスの生活環境や社会からの境遇、心のうちを見てきたことで、生活困窮者への支援に、臨床心理学の観点から取り組むことを考えた。

吉住隆弘教授
心理学部

2024/03/18

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