水道水の使用量は、1人あたり1日300リットル
「課題山積の水道事業、料金値上げに理解を!」

 蛇口をひねれば簡単に水を手にいれることができます。普段、あまり意識せず使っている水道水ですが、一体、どのくらい使っているのでしょうか。厚生労働省「いま知りたい水道―日本の水道を考える―」によると、1人あたり1日で300リットル、ペットボトル2リットル換算で150本分にもなるというから驚きです。日本の水道水はミネラルの含有量が低い軟水であることから、口当たりが軽くて飲みやく、肌にも優しいとされています。また、51項目ある徹底した水質検査と殺菌により、世界でもトップクラスの水質管理がされています。そのまま飲める国は少なく、フィンランド、南アフリカなど、世界に9か国しかありません。

 そんな世界に誇れる日本の水道水ですが、一方で、水道管の老朽化や水道事業の経営難、人材不足など課題が山積していると言います。経済学部の齊藤由里恵准教授は、「水道事業は全国の市町村がそれぞれ経営し、厳しい状況のなか、様々な課題に取り組んでいます。住民の皆さんには山積している課題を共有し、ぜひ、値上げの必要性を理解していただきたいですね」と水道事業への理解と協力を求めています。現在、愛知県豊橋市、三重県松阪市など約20の自治体で、行政改革や水道事業に関する委員として参画している齊藤准教授は、地方財政や水道事業経営の専門家として、投資・財政計画、水道料金体系の在り方などの助言や、講演などを行っています。

出典:厚生労働省「いま知りたい水道―日本の水道を考える―」

老朽化した水道管は、増加の一途
衛星画像解析による漏水検知など、先進技術に期待

 日本全国の地下に張り巡らされた水道管は、総延長が約74万km、地球を18.5周する距離になります。日本の水道が普及したのが1960~1970年代の高度経済成長期であることから、老朽化に伴う事故が全国で相次いでいるのが現状です。2021年10 月、和歌山県紀の川以北地域への唯一の送水ルートである水管橋が、著しい腐食などが原因で落橋し、6 日間、約6 万戸が断水しました。給水所には連日、長蛇の列ができたそうです。また、水道管の破損による道路の陥没は、年間約3,000件発生しています。

 齊藤准教授は、「法定耐用年数40年を越え、交換が必要とされる水道管は管路全体の20.6%(2020年時点)にも上り、年々、増え続けています。一方で更新された水道管は2020年に0.65%に留まり、強い危機感を抱いています」と話し、「土中にある水道管の状況を検知することは困難であるため、浄水場から拠点までの主要管や、病院、公共施設、避難所など重要拠点につながる管路を優先すべきです。費用対効果を考えると、その他の管は、何かあってから対処する事後保全の考え方が現実的です。ただ、事後保全は、メンテナンスに必要な人材確保、地域の業者との連携など、漏水事故に備えた体制整備が重要になります」と2段階の施策を示しています。

 水道管の老朽化に伴う事故を未然に防ぐための先進的な技術も進んでおり、注目されています。豊田市は2020年8月、全国初の衛星画像の解析による水道管の漏水検知を実施しました。水道水の反射特性をAIで解析することで効率的に漏水調査をすることができ、259箇所の漏水が発見されました。齊藤准教授は「道路の陥没・断水を未然に防ぐ対策は、起こってからの対応(水道管および周辺の破損のメンテナンス)に比べ、コスト的に十分見合い、住民への影響を回避できるなど大きなメリットがあります。音波(マイクロ波)による空洞検知装置、熟練技術者の経験値を蓄積・データ化する漏水予測など、新しい技術を活用する自治体が徐々に増えています」と先進技術に期待を寄せています。

節水の意識高まり、水道料金収入は減少
複数自治体との共同運用「広域化」など経営改革を

 自治体の水道事業の主な収入源は水道料金ですが、使用量は2000年をピークに減少しています。近年、節水の機運が社会全体で高まり、収益の悪化に拍車がかかっているようです。水道使用量の多い風呂、キッチン、洗濯などの節水は、多くの家庭で意識され、家電メーカー等も節水型機器の売り込みが盛んです。自治体においては、ホームページで節水型社会の形成に向けてのPR(愛知県など)や、節水推進条例の制定(福岡市など)、節水機器購入時に補助金(松山市など)などの取り組みが進んでいます。

 一方で、水道管をはじめ施設設備の老朽化の更新に伴う支出は増加の一途です。日本の水道料金は、国際比較するとかなり安いのですが、それでも値上げは市民の理解が得難いだろうと、踏み切れない自治体が多いようです。新日本有限責任監査法人・水の安全保障戦略機構事務局「人口減少時代の水道料金はどうなるのか?(2021年版)」によると、20年後の2043年に赤字経営とならないためには、平均で43%の値上げが必要と推計しています。

 齊藤准教授は「水道料金の値上げなくして、水道事業の持続的な経営は成り立ちません。住民には、水道事業に関心を持ち、日本のいい水環境を守っていくためにも、料金の値上げを前向きに捉えてほしいですね。ただ、自治体は、その必要性がしっかり届くよう、発信のあり方を工夫する必要があります」と住民、自治体双方の歩み寄りを促します。また、支出面では「経費節減対策としては、複数の自治体が共同運営し、効率化を図る経営の広域化が有効です。2019年、総務省から自治体に広域化の検討依頼がなされましたが、進んでいないのが現状です。戦後に整備された多くの浄水場施設が更新時期を迎えるこの10年が、ターニングポイントになるでしょう」と自治体の動向を注視しています。

自治体の水道事業は、社会貢献にも積極的
災害時には『命の水』を届け、開発途上国へは技術支援

 齊藤准教授は「自治体の水道事業は、災害時には『命の水』を現地に届け、開発途上国へは、水が当たり前に、安く、十分に届くように技術支援などの活動も行っています」と、社会貢献の取り組みを高く評価しています。

 台風、地震、津波など自然災害の多い日本では、大規模な断水が幾度となく起き、毎年、何回かニュースで見聞きします。例えば、2022年の台風15号では、静岡県内63,000戸が断水し、復旧に13日間を要しました。2016年の熊本地震では43万戸が断水し、1か月以上経っても復旧しない地域がありました。齊藤准教授は「緊急時、各自治体の水道事業が連携して、とても迅速に、給水車等による『命の水』を現地へ届けています。日本水道協会が中心となり、近隣ブロックや各事業体へ指示を出し、それに応える体制を日頃から整備しているのです。被災地へ応援に入ることは、経験値として、自身の自治体が被災した際の備えにもなります」と水道事業の横断的なネットワークや機動力に目を見張ります。

 また、日本の水道技術力は高く、世界が注目しています。開発途上国へ、当たり前に、安く、十分に水道水が届くよう、いくつもの自治体が技術支援を行っています。以下は一例。
①埼玉県⇒タイ:水処理、施設管理、水質管理の改善など水処理技術向上支援(2011-2016年)
②横浜市⇒ルワンダ:無収水対策のノウハウ活用支援(2016-2019年)
③浜松市⇒インドネシア:泥水防止対策に関わる技術支援(2014-2017年)

 齊藤准教授は「日本の技術力は成熟段階にあります。他国へ技術展開することは、その経験が人材育成、技術力の向上にもつながることから、win-winの関係であると感じています」と説明します。

 

プロフィール

東洋大学経済学研究科で博士(経済学)取得、椙山女学園大学准教授を経て、2019年より現職。
専門は財政学、地方財政論。規模や実情が違う自治体ごとに、それぞれに適した課題解決や将来の方向性など、現場を意識しながら研究している。また、学生に対しては「経済学という窓から社会を見てみませんか?」と呼び掛け、効率性や公平性等、多様な視点での思考をアドバイスしている。
趣味はクルーズ船旅行。実体験を重ねつつ、「地方の港と地域の活性化」について、クルーズ船誘致における経済効果や外部性等を研究している。

齊藤由里恵准教授
経済学部

2024/02/15

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