社会問題となっている『SNS上の誹謗中傷』
スポーツ選手・芸能人に限らず、私たちの身近な場所でも

 熱戦が繰り広げられ、テレビに釘付けとなった2021年の東京オリンピック・パラリンピック競技大会。多くの人に感動をもたらしましたが、一方で、SNS上では、一生懸命プレーする選手たちに対して誹謗中傷が相次ぎました。これを受けて、スポーツ庁の室伏広治長官(本学体育学研究科修了)は、翌年の北京冬季オリンピック・パラリンピック競技大会開催前の2022年1月、長官メッセージ「アスリートへのSNS等での誹謗中傷について」を発信し、注意を呼びかけました。プロ野球では2023年3月、日本野球機構(NPB)、12球団および選手会が連名で、プロ野球の魅力を損なう悪質な言動を決して看過せず、誹謗中傷等に対しては法的措置など断固とした対応をとっていくと声明文を出しました。

 SNS上での誹謗中傷は、スポーツ選手や芸能人に限らず、私たちの身近な場所、例えば学校や職場、様々なコミュニティでも多数起きています。中京大学法務総合教育研究機構の緒方あゆみ教授は、「SNS上で匿名だからと軽い気持ちで他者に向けて心無い言葉を発信すれば、たちまち国内外に拡散され、簡単には消すことができない情報としてネット空間に漂い続けます。そのような言葉は人のココロを傷つける凶器(人権侵害行為)であり、深刻な社会問題になっています」と話し、「発信者に対し被害者から損害賠償請求がなされたり、侮辱罪や名誉毀損罪のほか、脅迫罪や威力業務妨害罪などに該当して刑罰が科されたりする可能性もあります」と、安易に根拠のない悪口やデマに関する投稿や転載などをしないよう、警鐘を鳴らします。

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SNS上での安易な発信で有罪判決に
法改正で侮辱罪が、より厳罰化

 SNS上での誹謗中傷をめぐる事件で、有罪判決が下されるケースが増えています。

事件①:2019年9月、山梨県のキャンプ場で行方不明になった女児の母親のブログ等に、「母親が犯人」「募金詐欺」などの書き込みをした複数の加害者が、名誉毀損や脅迫罪に問われた裁判で、有罪判決が下されました。

事件②:2020年5月、民放の恋愛リアリティ番組の出演者であるプロレスラー木村花さんが、SNS上で「きもい」「死ね」など多数の誹謗中傷に悩み、自ら命を絶ちました。Twitter上で中傷した30代の男性に対し、侮辱罪で科料9,000円の略式命令が言い渡されました。

 緒方教授は、「相手の人格を否定または攻撃する言い回しは、正当な批判ではなく誹謗中傷です。また、他人の投稿を安易に再投稿や引用投稿したりしないようにしましょう。転載する際は、投稿された内容を正しく見極めましょう」と呼び掛けています。

 木村花さんの事件(上記②)でSNS上の誹謗中傷への関心が高まりました。被害の実態に比べ、量刑が科料9,000円と非常に軽かったため、侮辱罪の法定刑についての改正議論も高まりました。このことが契機となり、『30日未満の拘留か1万円未満の科料』だった同罪の法定刑の上限が、2022年7月に、『1年以下の懲役・禁錮または30万円以下の罰金』に引き上げられました。緒方教授は、「侮辱罪の厳罰化により、公訴時効が1年から3年となったため、警察は捜査・立件に十分な時間を確保できるようになり、被害者は泣き寝入りすることなく、発信者などを相手取って訴えを起こすことができる可能性が高まりました。また、プロバイダ責任制限法の一部改正により発信者情報開示請求手続のハードルが低くなったので、投稿者の特定が容易になり、その後の損害倍書請求などの訴訟がしやすくなりました」と、この法改正が、被害者の救済、加害者への抑止力の両面に有効であると説明しています。

 一方で、憲法で保障されている『表現の自由』が制約、制限されるのではないか、という懸念の声もあがっています。緒方教授は、「悪質な書き込みは厳しく取り締まるべきですが、正当な批判や意見、感想などの書き込みは、過度に委縮する必要はありません。ユーザーとして求められているルールやマナーを守れば、SNS本来の楽しさを損なうことなく、これまで同様、気軽に利用することができます」と話しています。

被害にあったら、迷わず、専門窓口に相談
証拠の確保(URLの記録、画面の保存)も忘れずに

 インターネット上で誹謗中傷の書き込み被害にあったら、どうしたらよいのでしょうか。

 「個人で対応できることには限界があります」と話す緒方教授。「相手が匿名で個人を特定できない、特定できても他者が拡散すれば、いたちごっこになるというSNSの性質が、個人での対応を困難にしています。誹謗中傷という言葉の槍は、想像以上に攻撃力が大きく、心に突き刺さります。一人で抱え込むと、事態はどんどん悪化していくので、話しづらくても、身近な人に相談にしましょう」と背中を押します。

 緒方教授は、自分でできる対応として、次の3点を挙げています。
①証拠として、誹謗・中傷にあたる書き込みなどが掲載されている場所のURLを控え、該当する画面を保存する
②誹謗中傷書き込みは利用規約やガイドラインのユーザー禁止行為であることから、管理者側に違反の通報する
③管理者側に書き込みの削除を求める

 「被害が拡大する前に、迷わず、人権相談(法務省)、誹謗中傷ホットライン(セーファーインターネット協会)や、違法・有害情報相談センター(総務省)などの窓口に相談しましょう」と勧めています。

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総務省ホームページ「インターネット上の誹謗中傷への対策」より
https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/joho_tsusin/d_syohi/hiboutyusyou.html

情報の真偽を見抜く力は、もはや必須の能力
ルールやマナーを守りながら、楽しく利用

 インタ-ネット上には、デマやフェイクニュースなどが多く流通しています。意図的でないにしても、不確かな情報、不正確な情報、勝手な思い込みに基づいて、安易に書き込むこと、拡散することで、他人を傷つけ、プライバシーや名誉などの権利を侵害してしまうこともあります。緒方教授は、「ネット社会では、一般市民が被害者にも加害者にもなるリスクが潜んでいます。そのため、インターネット上の膨大な情報の中から正しい情報を取捨選択する能力や、ルールやマナーを守りながら適切に利用する能力、プライバシーや個人情報を守り安全に使いこなす能力、すなわち『メディアリテラシー』を身につけることが求められています」と語気を強めます。

 総務省「メディア情報リテラシー向上施策の現状と課題等に関する調査結果報告」(2022年6月)では、「フィンランドは、幼児・学生向けのメディアリテラシー教育が学内・学外において行われてきたが、近年インターネット環境等の急速な変化を踏まえ、 大人も対象に広げ、すべての国民に対するメディアリテラシー向上の必要性が指摘されている」「米国においても、従来の大学生だけではなく、日本でいうところの小中高から実施しようとの機運が高まっている」など、欧米の状況を報告しています。メディアリテラシーの重要性は、欧米を中心に高まってきており、日本でも、徐々に広がっているようです。

 情報の真偽を見抜く力は、日常的にインターネットを使用する私たちにとっては、もはや必須の能力と言えます。緒方教授は「SNSは様々な情報が取得でき、様々な人たちと交流ができる素晴らしいツールです。ぜひ、社会的なルールやマナーを守りながら、楽しく利用して下さい」と、安全・安心な活用を呼び掛けています。

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研究者プロフィール

専門は刑事法。「人生の最終段階における医療に関する自己決定権と法制度設計」 「精神障害が原因で犯罪行為に至った人の刑法上の責任と社会復帰支援」を研究テーマに、法的弱者などの希望に寄り添った法整備の提言に挑む。
同志社大学大学院を卒業、2011年に本学法務研究科准教授、2018年より現職。
誠実に接すれば、いつか真意は伝わるという信念のもと、学生を教育・指導している。
趣味はミュージカル鑑賞。非日常的な世界を体感することでリフレッシュしている。
※取材時時点

緒方あゆみ教授
法務総合教育研究機構

2023/12/15

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