日本で少子化が問題視され始めたのは1990年代の初め頃で、政府は様々な施策を講じてきました。残念ながら、効果は限定的で、今なお、少子化に歯止めがかかっていないのが現状です。「少子化は、静かなる有事とも言われ、このままでは、将来、日本は社会と経済を持続できなくなります」と、現代社会学部の松田茂樹教授は強い危機感を抱いています。老年人口(65歳以上)が増える一方で、働き手となる生産年齢人口(20-64歳)が減少し続けており、将来、今の子どもたちが安心して、豊かな暮らしができなくなるというのです。
松田教授の研究テーマは、『我が国の少子化の進行および背景の全体像を捉え、具体的な少子化対策を提言する』ことです。政府や自治体から依頼を受け、少子化問題、子育て支援、地方創生などの会議に委員として参加し、様々な提言を行ってきました。具体的には、内分科会」をはじめ、こども家庭庁の「こども家庭審議会」などが挙げられます。
松田教授は「非力ながら、日本の少子化対策に、ある程度、貢献してこられたのではないかと思います。日本が好きだから、将来の日本のために、出生率が回復軌道に乗せられるよう、今後も様々な場で提言をしていきたいです」と話しています。
少子化は大きなマイナス要因
豊かだった日本が、やがて貧しい国に
出生数は、図1が示すように、50年前の209万人から6割以上も減少し、2021年は81万人に留まり、出生率も2.14人から1.30人まで下がっています。出生率が低下し続けてきたために、年齢別の人口構成は図2の通り、いびつな形状になっています。
「少子化は、社会にとって大きなマイナス要因」と話す松田教授。「少子化が進めば、働く人も、消費者も減少していき、次第に経済力が弱まります。年金・介護・子育て支援などの社会保障の維持や、町内会・コミュニティの助け合い・行事など地域社会の維持も、一層困難になるでしょう」と続けます。少子高齢化の進行がもたらす政治的な影響も重大です。有権者人口に占める高齢者の割合が増加すると、政治的影響力が変化して、高齢者に関する政策は拡充されやすくなるものの、子どもや若者世代を支援するための改革が後回しにされることが懸念されます。
経済力の弱体等により、さらに少子化が進むという負のスパイラルに陥ってしまいます。豊かな国だったはずの日本が、やがて、貧しい国になってしまうことが予想されます。松田教授は「これらの問題を解決するには、出生率の回復が不可欠です。長期的にわが国を持続するために必要な出生率、2.07人を目標に、しっかりと施策を行うことが重要です」と力を込めます。
図1 出生数・出生率の推移
出典:厚生労働省ホームページ
図2 年齢別人口構成図
出典:国立社会保障・人口問題研究所ホームページ
希望を応援、選択の自由を尊重する少子化対策
多子世帯を増やす支援策など強化
松田教授の提言する少子化対策は、個人や家庭の選択の自由を尊重することがベースにあります。希望していることが実現されるよう、応援するとともに、阻害要因を取り除くことで、出生率の回復を目指しているのです。
≪選択の自由を尊重≫
①結婚を希望する人を応援する
②幅広い家庭が、希望する子ども数を持てるように応援する
③子どもを育てている人(家庭)を応援する
④結婚や子どもを持つ意思がない人の選択を尊重する
特徴的なのは、幅広い家庭が、希望する子ども数を持てるように応援することです。松田教授は、皆が結婚し、2人の子どもを持つという画一的なモデルを目指すのではなく、希望して結婚・出生しない人がいる一方で、3人以上の多子世帯を増やすことで、出生数を増加させる施策(図3参照)を提案しています。例えば、「多子を希望していても、経済的な負担の大きさから諦める人(家庭)が非常に多いため、その阻害要因を取り除く施策が重要です」と、子どもが多いほど、より手厚く支援される施策の必要性を指摘しています。「具体的には、2人目、3人目になるほど、より児童手当を増額したり、子どもが多いほど住宅取得の補助等を拡大する方法が考えられます。大学までの教育費を軽減すること、児童手当を高校生まで拡充することなども重要です」としています。
課題となる予算について、松田教授は「子育てをしていない人(独身の人や子育てを終えた上の世代)が、子育て世代の税や社会保険料を一部負担していただくことで、捻出できると考えています。国民みんなで、次世代が生まれ・育つ環境を支援してほしい」と提案しています。
松田教授が示す少子化対策のポイントは、次のとおり。少子化対策を「人々の結婚と子どもを生み育てる希望を応援するとともに、そこに至る阻害要因を取り除くことで、出生率の回復をめざす政策」と定義しています。
①全ライフステージを支援
結婚前、結婚、妊娠、出産、子育て、教育、子どもの自立まで全て
②すべての家庭の子育てを支援すること
雇用形態(正規、非正規)、就業形態(専業主婦、とも働き)に合わせて、全ての家庭を支援
③そのための支援方法
現物給付と現金給付の両方を拡充する(具体的には、経済的支援、保育や物理的な子育ての支援、教育支援、精神的支援等、必要な方法を幅広く用いる)。
図3 出生率が人口置換水準に回復したときの社会のイメージ
※『[続]少子化論出生率回復と<自由な社会>』松田茂樹著(学文社2021年3月出版)
研究者プロフィール
1970年生まれ。
一橋大学社会学部を卒業後、民間のシンクタンクに就職。慶應義塾大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学、2006年「社会的ネットワークの構造と力 育児におけるネットワークのサポート効果に関する実証的研究」で博士(社会学)。第一生命経済研究所勤務をへて、2013年より現職。
今の子どもたちが安心して、豊かな暮らしができる世の中を目指して、出生率の回復に挑む。
※取材時時点
松田 茂樹 教授
現代社会学部
政府や自治体の専門会議で施策を提言