習慣的な運動が健康の保持・増進に重要であることは知っているけれど、「仕事や家事が忙しくて」「きっかけが掴めなくて」などの理由で、一歩が踏み出せないという人が多いのではないでしょうか?
では、「運動後には仕事や勉強がはかどるようになる」、「習慣的に運動を継続すれば、仕事能力や学力が向上する」のであれば、どうでしょうか?

 教養教育研究院の紙上敬太准教授は「このような視点に立って、仕事・学習の効率向上に注目する研究、体力向上と脳機能の関係を探る研究を進めています。

 日常生活の中に適度な運動を取り入れるきっかけを作り、子どもから成人まで皆にとって、より活力のある生活の実現に貢献していきたい」と話し、身体運動の効果を、広く社会に発信しています。

78%の人が運動不足と認識
ぜひ試してほしい「運動による脳の活性化」 

 運動不足は、今や世界規模での主要な健康問題の一つとなっています。日本も例外ではなく、非感染症の中で運動不足は、喫煙、高血圧に続く死因の第3位で、死亡者数は年間約5万人にも及びます(厚生労働省2007年発表)。
「令和3年度スポーツの実施状況等に関する世論調査」(スポーツ庁)によると、運動不足を感じる人の割合は「大いに感じる」「ある程度感じる」を合わせると、全体で78%に上ります(図1参照)。では、その阻害要因は何でしょうか。同調査によると、「仕事や家事が忙しいから」が1位(39.9%)、「面倒くさいから」(26.6%)、「年をとったから」(23.8%)と続きます。


図1

 紙上准教授は同調査の結果を受け、「重要なのは、きっかけ、モチベーションだと思います」とし、「これまでの研究で、運動により脳が活性化することは、ほぼ間違いないことが客観的データで示されています。仕事や勉強が一層はかどる、仕事力や学力が一層向上する、そんなことを期待しながら、騙されたと思って、ぜひ試してください」とエールを送ります。また、『適度』な運動とはどの程度かについては、個人差があるとした上で、「『心地よいと感じる程度』を推奨しています。例えば、数十分程度のジョギング、自転車による通勤、エレベータを使わず階段で昇るなど、手軽にできることから始めましょう。慣れてきたら、徐々に強度を高めていくのがよいと思います。運動が脳によい影響を与えることを知っている人は、運動後には頭が冴えていることを実感できるのではないかと思います。仕事力や学力への効果を実感し始めれば、継続する意欲も高まります」と説明しています。

仕事・学習の効率向上に注目する研究
体力向上と脳機能の関係を探る研究

 仕事・学習の効率向上に注目する研究(数十分程度の運動の影響)、体力向上と脳機能の関係を探る研究(習慣的運動と体力の変化による影響)を進めています。これらの研究では、脳科学的、認知心理学的手法を用いて、仕事能力や学力と強く関わる認知機能(前頭前野機能)に注目しています。

仕事・学習の効率向上に注目する研究

 数十分程度の適度な運動をした後には、一時的に脳活動が活性化することを示してきました(図2)。つまり、身体を動かした後には仕事や勉強がはかどるようになると言い換えることができます。徒歩や自転車で通勤・通学をしたり、昼休みに同僚・友達とスポーツを楽しんだりすることが仕事・勉強の効率化に役立つのかもしれません。運動嫌いの人でも、自分の脳が活性化することを体験することで、「仕事の効率が上がるのなら、ちょっと運動してみようか」という気になってくれるのではないかと期待しながら研究を進めています。


図2

体力向上と脳機能の関係を探る研究

 習慣的運動による体力の向上が、前頭前野機能(学力や仕事の能力に強く関わる認知機能)を向上させることを示してきました。子供を対象とした研究では、体力の向上が学力の向上に貢献することを示しました。この研究は、文武両道が成り立つことを示唆しています。我々の研究で注目している前頭前野機能は、仕事能力や学力だけではなく、運動を含む健康習慣の獲得・継続にも関わっていると考えられています。つまり、「運動習慣の獲得→体力の向上→前頭前野機能の向上(仕事能力・学力の向上)→運動習慣の継続→...」といったポジティブループが想定されます。このように、脳科学的視点から運動不足の解消に繋がる知見の提供を目指しています。

引きこもりからの回復支援にも期待

 これまでの研究成果に基づけば、習慣的運動によって前頭前野機能、社会的認知機能(対人関係の基礎となる認知機能)が改善することが予想されます。このような運動がもたらす認知機能の改善は、ひきこもりからの回復に貢献するものになるのではないかと期待しています。
日本において、ひきこもり状態にある人は100万人を超えていると推計されており、ひきこもりは今や大きな社会問題となっています。このような社会背景を踏まえ、これまでの運動科学的研究手法を応用し、ひきこもりからの回復を支援する研究の準備に取り掛かっています。具体的には、オンライン運動教室を実施し、自宅で行う運動が脳にどのような変化をもたらすのかを評価する研究を計画しています。

 

研究者プロフィール

1978年生まれ。幼少期から野球に打ち込む。
1990年代から2000年代にかけて、「練習中に水を飲んではいけない」などといった旧い非科学的な指導法が、徐々に科学的なトレーニング論に置き換わっていく過程を実際に体験し、スポーツ科学の分野に興味を持つ。
筑波大学大学院を卒業後、早稲田大学スポーツ科学学術院講師など経て、2021年より現職。
現在は、「運動が脳にどのような影響を与えるのか」を主軸に、子どもの体力と学力の関係などを研究テーマとしている。世界に蔓延している運動不足の「パンデミック」に挑む

※取材時時点

紙上 敬太 准教授
教養教育研究院

2023/04/10

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