戦争と国際法
グロティウスの嘆き

 今年、戦後80年を迎える。この間、我が国は平和な時代を享受してきた。しかし現在、国際関係は一層緊張を強めており、日本もそのただ中に置かれている。本欄では、戦争概念の変化と国際法について概観したい。

 国際法は、17世紀ヨーロッパにおいて、宗教戦争を終結させるために結ばれたウェストファリア条約体制を基盤に誕生した。それは、カトリック教会と封建制に支えられた、中世社会の秩序を排除し、独立で平等な主権国家が並存する政治体制である。

 そこには、各国家が互いに分離し、自己の利益のみ追求すれば、世界は無秩序になるのではないかとの懸念も存在していた。そのような中、諸国の内在的必要性とともに生まれたのが、国際社会の平和と安全を維持するためのルール、すなわち国際法である。

 国際法の誕生と初期の発展には、学者や思想家達の貢献によるところが大きい。後に国際法の父と呼ばれた、グロティウスの「戦争と平和の法」は、宗教戦争の惨禍に対する激しい怒り、嘆き、そして深い悲しみとが込められている。この著作は、単に国際法規範の解説書にとどまらず、人間が人間として守るべき法とその遵守を、当時の君主達の理性に訴えたものといえる。

 この時期の国際法学者の主要な関心は戦争の惨禍へ向けられ、戦争は正しい理由と原因に基づいた場合にのみ許されるとする「正戦論」が唱えられた。

 正戦論はその後18~19世紀にかけて、列強諸国による植民地獲得闘争の波の中で衰退していく。超国家的な判断者を認めない国際社会では、戦争の正当性の絶対的判断は困難であったためである。代わりに台頭した「無差別戦争論」は、原因の正否を問わず戦争を合法化するものであり、より現実的に戦争を捉えた。この理論は、結果的に20世紀の世界大戦を招くことになる。

 第一次大戦の反省とともに発足した国際連盟は、戦争の違法化を目指すものであった。その使命は、第二次大戦後の国際連合によって、より強固な形で引き継がれ、国連憲章第2条4項の「武力不行使原則」として結実した。

 武力不行使原則とは、戦争のみならず武力を一般的に禁止するものであるが、その例外として、自衛権の行使による場合は認められる。今日の国際社会で発生する武力紛争の多くが、自衛権を法的根拠に据えるものである。

 だが、国際法上の自衛権は、これまで大国による広範な拡大解釈が繰り返されてきた。その最たる例は、9・11同時多発テロ後の、米国によるアフガニスタンおよびイラクへの武力行使といえよう。米国は、自国の考える「正義」とともに「先制的自衛権」という新たな概念を主張した。近年のロシアやイスラエルによる武力行使も、こうした拡大解釈された自衛権を法的根拠に行われている。

 21世紀に入った今もなお、世界は武力によって破壊され続けている。グロティウスの嘆きは、いつの世まで続くのであろうか。

【略歴】

名前:小山 佳枝

中京大学総合政策学部教授

専門分野:国際法

最終学歴:慶應義塾大学大学院法学研究科 後期博士課程修了

顔写真(小山佳枝).jpg

2025/05/15

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