目と目で通じあえるか?視線の読み取りとその誤認

 私たちは普段何気なく他者の視線方向を読み取り、他者の視線に様々な意味を見出す。他者から見つめられた際、対話しようとする意図や好意を感じることも多い。一方で、理由もなく見つめられたことによる気まずさや恥ずかしさ、自分が何かおかしなことをしているのではないかといった不安を感じることもあるかもしれない。

 では、私たちはどのように他者の視線を読み取っているのだろう?個人が見つめる位置を精密に割り出すことのできる視線追跡装置は、一般に視線追跡を行う前にいくつかの点を見つめたときの個人の目の状態を確認するキャリブレーションを必要とする。目や眼瞼の形状、眼間距離のほか、眼球の光学軸と視軸のずれ方などには個人差も大きいためである。

 視線追跡装置と異なり、私たちはキャリブレーションを通して目の向きと外観の対応関係を確認することなく他者の視線方向を判断している。このため、私たちの視線方向の読み取りは必ずしも正確ではない。例えば、視線知覚の研究から視線の水平方向の変位は過大に評価されることが示されてきた。他者の視線は、実際よりも大きく左右方向に逸れているように認識されてしまうのである。

 他者と「目が合った」というアイコンタクトの感覚も、必ずしも他者の視線が自分の目に向けられた時に生じるとは限らない。親しい人と会話するような50㎝程の対人距離では、アイコンタクトの印象は、他者が自分の右目や左目を見つめた時よりも、両目の中間である鼻の中央付近を見つめた時に強くなる。この距離では他者の視線が自分の顔から逸れるとアイコンタクトの印象は消失する。

 一方で1m以上の対人距離では、より広範囲の視線からアイコンタクトの印象が引き起こされる。この距離では、実際には自分の顔から逸れた視線もアイコンタクトの印象を生み出しうる。距離の増大に伴うアイコンタクトの印象を生み出す視線範囲の拡大には、他者の目から得られる視覚情報の精度の低下が関係すると考えられる。

 距離の増加以外でも、他者の目が見えにくい条件でアイコンタクトの印象は増加する。「自分以外のよそを見ている」という十分な証拠がないと、他者は自分を見つめているというバイアスが生じるのである。日常では、逆光や薄暗い環境の他、サングラスを着用した相手など目の向きが分かりにくい場合に、アイコンタクト印象の誤認が生じやすくなるだろう。

 視線の読み取りには顔の向きも影響する。同じ点を見つめていても、斜め向きよりも正面向きの顔でアイコンタクトの印象は増加するのである。視線認識の発達研究からは、幼い子どもほど幅広い視線からアイコンタクトの印象を受けやすく、視線の読み取りに顔向きの影響を強く受けることが示されつつある。

 人々と交わす視線は円滑なコミュニケーションに重要な役割を果たす。しかし、その読み取りには誤認やバイアスの他、認識の個人差や発達差もあることに注意が必要である。

【略歴】

大塚 由美子(おおつか ゆみこ)

中京大学心理学部教授

知覚心理学、視覚発達

中央大学大学院文学研究科博士後期課程修了

1980年生まれ

【写真】心理学部_大塚由美子先生.png

2024/08/22

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