AIによる民主主義の再生
情報テクノロジーと民主主義
 

 「朝起きてまずやるのは、スマホに手を伸ばすこと。1日の最後にやるのはスマホをベッド脇のテーブルに置くこと」「私たちは1日中スマホを触り、気づくとスマホに手を伸ばしている」「街中やレストラン、バスの中などを見回すと誰もが自分のスマホをじっと見つめている」「スイスにいる従兄弟と話すのは、かつてないほど簡単になったが、朝の食卓で配偶者と話すのは難しくなった。彼は私ではなくスマホを絶えず見ているからだ」

 「スマホ脳」の著者であるアンデシュ・ハンセンが描いた上記の風景からわかるように、スマホは私たちの行動に大きな変容をもたらした。いまの10代にとってSNSはあって当然で、スマホはカラダの一部である。どこにでも持ち歩き、昼夜を問わずSNSに触れている。

 2007年にiPhoneが発売されて以降、Facebook(2004年)、YouTube(2005年), Twitter(2007年)、 Instagram(2010年)、Line(2011年)などのSNSは急速に普及した。私の授業を履修している学生たちにスマホの利用時間について聞いてみた。1日の平均利用時間は7時間であり、10時間を超える学生も1割程度あった。

 一説によると、いまやインターネットで毎日2・5京(兆の1万倍)バイト以上のデータが湧き出している。そのなかには民意を捉えるために使える情報も数多く含まれている。そのような膨大な情報を処理する能力は日増しに向上している。このような情報環境の変化が持つ政治的意味合いを肯定的に捉え民主主義の再生を模索するアイディアが出始めている。

 昨年から授業で、学生たちと経済学者・成田悠輔氏の「22世紀の民主主義」を批判的に講読し、AI(人工知能)による民主主義の再生可能性について討論している。この本で、民主主義は民意反映・政策形成のためのデータ処理システムとして定義される。

 成田氏は、情報テクノロジーの進歩で、選挙以外にも、民意データを取得する経路が増やせることに注目する。彼の民主主義論で、選挙は格下げされる。それは選挙が非倫理的だからではなく、日々湧き出る膨大な民意データを効率的に処理できないからだ。また彼は、政党に依存せず、多種多様な民意データから最適な政策を形成するためのアルゴリズムの設計を重視する。挑発的で興味深い発想である。

 しかし民主主義システムに期待される出力は、民意データの最大限の入力に基づく最適な政策ばかりでない。各個人が政策について自分の意見を持ち、議論する能力の発達を含むべきである。またそのような能力の発達が、日々の入力へと還元されることも重要である。

 私たちは情報革命を投票で決めていない。しかし今、情報テクノロジーと生活を断ち切ることはできない。今後は、AIが各個人の自分で考え判断する能力の向上に寄与できる方法についての社会的議論も期待したい。

【略歴】

羅 一慶(ラ・イルキョン)

政治学、NPO/NGO、ソーシャルイノベーション。

慶應義塾大学大学院法学研究科後期博士課程単位取得退学。博士(法学)。

1967年生まれ。

羅一慶(スマホ写真).jpeg

  

2024/05/21

  • 記事を共有