動機の拡大が新たな価値を創造
SDGsとCSRが問いかけるもの

 近年、日本のメディアや企業の広告においても持続可能な開発目標(SDGs)という言葉が頻繁に見聞きされるようになった。日本におけるSDGsの認知率は、他国との比較においても非常に高く、8~9割を超えている。また、SDGsと同様に浸透しつつある概念が企業の社会的責任(CSR)である。
 では、SDGsやCSRという言葉が広く知られるようになった背景に何があるのだろうか。第1に、国際社会は環境問題、貧困問題、紛争など未曽有の危機に瀕しており、国境を越えて波及する国際的課題に対して各国が力を合わせて取り組まないといけない。だからこそSDGsは、2015年に国連総会において日本を含めた193の全加盟国によって合意されたのである。
 第2に、これまで、企業の役割は利潤を拡大することにより経済成長を遂げ、市場の発展に貢献することであった。しかしながら、過度な経済成長が環境破壊につながり、過度な労働が労働者のウェルビーイングを阻害するようになったことで、企業は自社の利潤だけでなく、労働者を含めた社会全体への貢献を求められるようになった。
 これらの背景と深く関係しているのが、政府や企業の動機である。SDGsは、国連加盟国政府によって合意された国際目標である。このような目標がなければ、各国政府が自国の利益(国益)だけを追求し協調行動が取れなくなり、世界が直面する課題に対処できなくなる。つまり、SDGsは、政府が国益だけでなく世界の利益に資する国際益も考慮して行動させようとするものである。
 同様に、CSRは、企業が自社の利潤だけでなく、社会全体の利益に資する活動や貢献をするように促すものである。しかしながら、「SDGsウォッシュ」という言葉の存在にも表れているとおり、SDGsやCSRが、企業が消費者に対して見せかけのアピールをする手段となってしまっている側面もあり、このような見せかけのSDGsやCSRの推進は、欺瞞と見られるリスクがある。
 このような問題を解決するために根本的に必要となるのは、国や企業の構成員である国民や市民、そして会社員である個人の動機である。政府が国益だけでなく国際益も考慮した政策を追求し、企業が利潤だけでなく社会貢献も念頭において行動するためには、個人が利己だけでなく利他も考慮した行動をとるべきである。国益と国際益、自社の利潤と社会貢献、利己と利他という相反する価値観の間で、ともすれば政府による国益、企業による利潤、個人による利己の追及に走りがちな私たちを、SDGsやCSRという概念は国際益、社会貢献、そして利他の方向に導いてくれるのかもしれない。
 もちろん、これらの動機にはバランスが重要だ。政府にとっては、国益を追求しなければ国家の存続が危ぶまれる可能性もある。企業にとっては、利潤が出なければ経営ができない。個人としても、利他ばかりを尊重し過ぎると自分の生活が成り立たない。しかしながら、個人の動機が利己から利他へ拡大することで、SDGsやCSRに真剣に取り組む企業の商品や株が買われ、長期的にはそのような市民が世界的に増えることによって政府の動機も国益から国際益へと拡大できるのではないだろうか。私たち個人は、企業や政府は、新たな社会の価値観を創造する役割も担っているのである。

【略歴】

尾和潤美(おわ ・ますみ)。
中京大学国際学部准教授。
国際協力、アフリカ。
ウォーリック大学博士課程修了(博士)。

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2024/03/29

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