失敗の許容と連続起業家
スタートアップ創出の条件

 今年10月、名古屋市鶴舞公園の中にステーションエーアイ(STATION Ai)という立派な施設が開業予定だ。スタートアップを育てるインキュベーション施設として国内最大級をほこる規模になっている。愛知県のAichi-Startup 戦略の一環で、運営はソフトバンクの100%出資会社が担う。視野を国に広げてみよう。岸田政権は2022年をスタートアップ創出元年に位置付け、同年11月に「スタートアップ育成5カ年計画」を発表した。
 背景は何だろうか。スタートアップを創出するためであろう。何でスタートアップ創出に政府と地方が本腰を入れているか。イノベーションへのインパクトが大きいためであろう。
 日本の開業率は米国や欧州主要国に比べて低い。廃業率も同様に低い。これは1990年代から続いていて驚くことではない。新しいビジネスモデルや商品を開発しようとする新陳代謝の低下を意味する。
 しかも企業を新しく立ち上げようとするアントレプレナーシップ(起業家精神)は、国際比較で見ても日本は弱いほうだ。グローバル・アントルプレナーシップ・モニター(GEM)調査は総合起業活動指数(TEA)を公表している。2022年調査に参加した49か国のなかで、日本は43番目に低い。一般に先進国は開発途上国に比べて低い傾向にあるものの、先進国の中でも低いほうだ。スタートアップ創出の土台となるアントレプレナーシップをさらに広げる施策が必要であろう。
 一方、イノベーションの発信地として米国のシリコンバレーは有名だ。アップルやグーグルなどいわゆるユニコーン企業が誕生した地でもある。東大教授の星岳雄・岡崎哲夫氏は、「日本にシリコンバレーが生まれていない6つの理由」(「日本型イノベーション政策の検証」、NIRA刊)を主張したことがある。
 6つにまたがる内容として「失敗の許容」と「連続起業家」について考えておきたい。新しいアイデアや技術を製品化するには、数多いハードル(死の谷という)を突破しなければならない。幸いに製品化に成功しても市場で事業として成り立つには、また数多いハードル(ダーウィンの海という)を突破しなければならない。このハードルを乗り超えないと、日本では失敗したスタートアップという負のレテルが貼られてしまう。
 しかし、スタートアップを立ち上げて失敗した人たちは、失敗した経験から大いに学ぶはずだ。アイデアや商品に改良を施して再チャレンジできるなら、成功確率は上がるだろう。「失敗を許容する」もしくは「失敗を高評価する」仕組みがスタートアップの創出と持続の条件と考えられる。しかも、「失敗の許容」はシリアルアントレプレナーとも呼ばれる「連続起業家」を生み出すにも有利であろう。次々と新しいビジネスを立ち上げる人を連続起業家という。例えば、ペイパル、スペースX、そしてステラなどを創業したイーロン・マスク氏のような人物だ。彼も成功ばかりではなかった。裏には数多くの失敗経験が隠れてある。失敗を許容するエコシステムがあるからこそ、可能だったことだろう。
 政府と地方によるスタートアップ育成において重視してもらいたい。イノベーションの好循環を生み出すためにも。

【略歴】

金 炫成(きむ・ひょんそん)。
中京大学国際学部教授。
ベンチャー企業論。
東京大学大学院経済学研究科博士後期課程修了、博士(経済学)。
1972年生まれ。

キムヒョンソン先生顔写真.jpg

  

2024/03/11

  • 記事を共有