誰もが持てる「リーダーシップ」を
インドでのNGOワーカーの育成

 今年10月、アジア各地で現地のNGOワーカーの育成を手掛けるアジア保健研修所(日進市)が、北西インド・ラージャスターン州のNGOと共に人材育成研修を実施した。最大の目的は、地域やコミュニティにおける課題の特定からその解決に向けた取り組み、さらにその後のモニタリングまでのサイクルを、そこに住む人びとが主体となって展開する参与型のプログラムを実践できる人材の育成である。 
 参加者はインド各地から集まった十数人で、出身地や年齢、性別、経歴はばらばらだ。10日間の研修では、参加者の活動経験を交えた発表や、特定の課題に関する参与型の持続可能な活動プロジェクト案を検討するグループワークなどが行われた。初対面の参加者たちが互いの年齢や性別、活動歴の違いに臆することなく、時には冗談を交えながら終始闊達に意見を交わす姿が非常に印象的であった。
 その一方で、「リーダー」と「リーダーシップ」の違いに関するディスカッションには、苦戦する参加者が多かった。意見に詰まって首相の名前をあげる者や、困惑した表情を浮かべて「どんな意見を出せばいいのか分からない」と呟く参加者もいた。参与型プログラムでは、NGOワーカーが縁の下の力持ちに徹し、住民の活動を陰から支えることが重要だと繰り返し言われていたこともあり、「リーダーシップ」はそうした理念とは相容れないものに感じられたのかもしれない。また、英国による植民地支配からの脱却を目指した「フリーダム・ファイター」として称えられる社会運動家たちのように、人びとの先頭に立つ強いリーダー像が理想とされてきた歴史的・社会的背景も関係あるだろう。
 もちろん今回の研修で取り上げられた「リーダーシップ」とは、人々を鼓舞しけん引するリーダーのカリスマ性や発言力・行動力のことではない。むしろそれは、相手の立場に立って話を聞き、異なる意見を尊重しながら統合しようとする態度や姿勢など、活動に携わる誰もが持ち得る能力のことである。
  今年、インドの人口は中国を抜いて世界最多となった。GDPは英国や仏国よりも上位の世界5位で、国際社会での存在感を高めている。だが他方では、教育や経済的な格差、社会的な差別や不平等といった課題も今なお山積している。人口の8割以上は、都市ではなく農村に暮らすが、そこでは格差是正措置が打ち出されても、その情報が届かなかったり、煩雑な手続きが障壁となったりして支援に辿り着けない人も多い。成長を続けるインドの農村から格差是正や権利拡充を目指すには、地域やコミュニティの人びとが自律的に活動を続けられる仕組みの導入が不可欠だ。行政と村の人びととの間に立つインドのNGOには、実働的な手助けだけでなく、地域やコミュニティの隅々にまで「リーダーシップ」を定着させていくことが、今後、重要な使命となるだろう。

【略歴】

中野 歩美(なかの・あゆみ)。
中京大学現代社会学部講師。
文化人類学、南アジア地域研究。
関西学院大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。博士(社会学)。

(中京大学)中野歩美 顔写真.jpg

  

2023/11/30

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