プレシニアから運動習慣を
使って残そう運動神経

 シニア世代の方々が実感する筋力や運動能力の衰えは、筋肉が減っていくことが主な原因と考えられてきました。もちろん、筋肉の量は、その人が出せる力を大きく左右します。ただし、加齢にともなう筋力の低下は、筋肉量の減少に比べて、4~5倍の速さで進むことが知られています。つまり、見た目でわかる筋肉の変化よりも、もっと大きく筋力や運動能力は衰えてしまっているわけです。では、何がシニア世代の筋力や運動能力を大きく低下させているのでしょうか?

 筋肉は、そのもの自体が自ら動くことはできません。脳から発せられた信号が、脊髄から伸びる運動神経を伝って筋肉に到達することで、筋肉は動くことができます。運動神経と聞くと「運動神経が良い、悪い」といった抽象的な表現を思い浮かべる方が多いと思いますが、私たちの身体の中には運動神経が実際に存在し、筋肉を動かすためには不可欠な存在となっています。この運動神経の働きは、加齢にともなって変化します。1つの筋肉は数百本の運動神経(腕や脚などの大きな筋肉)に支配されていますが、運動神経の数が50歳以降、1年に約2%ずつ減少していくと言われています。この「運動神経」が先ほどの問いの答えであり、超高齢社会を迎えた我が国を救う1つのカギになると筆者は信じています。

 筋肉や筋力はシニア世代の方々であっても、適切な運動トレーニングを実施すれば、改善できることが知られています。近年、私たちの研究室では、筋力トレーニングを実施することで、シニア世代が持つ特有の「運動神経の"働き"」のパターンを、若者と同じようなパターンに戻せることを明らかにしました。一方で、消失した運動神経を再び取り戻すことは難しいため、いくら運動を行っても「運動神経の"数"」を増やすことはできません。

 カナダの研究グループが2010年に発表した研究では、高齢者(平均67歳)における運動神経の数は若齢者(平均27歳)に比べて40%も少なかったが、マスターズ競技者(平均64歳)の運動神経の数は若齢者と同等であった、と報告しています。加齢にともなう運動神経の数の減少は、普段の生活では使うことが無くなった運動神経がその役目を終えて消失することが原因であると考えられています。特に強い力を出すときに使われる運動神経が消失しやすいとされています。マスターズ競技者では、日々の鍛錬の中で、強い力を発揮する時に使われる運動神経(同世代のシニアの方々が使わない運動神経)を使っているため、運動神経の数が維持できていると考えられています。先ほども触れた通り、運動神経の数を増やすことは難しいため、シニアになる前、いわゆるプレシニア、の時期から運動習慣をつけ、少し「えらい」運動を実施することが「運動神経の数を残す」ことに繋がり、その後の筋力や運動機能を維持するのに役立つでしょう。

【略歴】

渡邊 航平 (わたなべ・こうへい)。
中京大学スポーツ科学部教授。
運動生理学・バイオメカニクス。
名古屋大学大学院教育発達科学研究科修了。博士(教育学)。
1982年生まれ。

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2023/09/28

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