赤ちゃんの奇妙な視覚世界
世界をありのままでみるか

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   心理学部     楊 嘉楽講師

 私たちは目を使って、世界を感じている。目の前にある新聞紙、遠くにある建物は、目から私たちの主観世界に飛び込んでくる。そして私たちは、この世界をありのままで感じていると信じている。しかし、本当にそうだろうか。私の研究グループでは、特殊なやり方で、この視覚の謎を迫る。
 大昔は、生まれたばかりの赤ちゃんは目が見えず、耳も聞こえないと信じられてきた。しかし、重ねた研究によって、視覚機能は生まれた前の段階でも機能することが判明している。機能しているとはいえ、大人のような視覚ではなく、この世界をぼやけて見ていると推測されている。推測というのは、赤ちゃんは自分の見え方を私たちに話してくれないから、彼らの見る行動からその見え方を推測することしかできないからだ。
 赤ちゃんは見ることが大好きだ。2つのものを赤ちゃんの目の前に呈示すると、見比べようとする。もしあるものを別のものをより長く見れば、この2つのものを区別できると意味する。そうではないと、チャンスレベルの50%、つまり同じくらい見るはずだ。この簡単な方法を使用し、様々なものを呈示することで、赤ちゃんの視覚世界を調べることは可能だ。
 話が遠回りになったが、私の研究グループでは、赤ちゃんと大人を比較することで、視覚システムがどのように作り上げられるかを研究している。ここに一つの実験を紹介しよう。実験では2枚の画像が交互に点滅する映像と、同じ画像が点滅する映像を左右に呈示し、赤ちゃんがどちらを見たかを調べた。赤ちゃんは変化するものをよく見るので、変化が分かれば、変化する側を長く見ると予測する。点滅する映像は、物体表面を照らす照明環境のパターンが変化するもの(図A)と、物体表面の光沢感が変化するもの(図B)と、2種類がある。大人は、照明環境の変化に気づきにくい一方、質感の変化には敏感である。だから、図Aよりも図Bの変化が知覚しやすい。しかし面白いのが、3-4ヶ月の赤ちゃんは大人と正反対で、図Aの変化のほうが気づきやすい。
 どうしてだろう?実は、画像変化にトリックがあり、照明環境の変化(図A)のほうが、画像輝度の変化がより大きい。だから、3-4ヶ月の赤ちゃんは、「忠実」に画像の物理変化に応じて見ている。その一方で大人は、物体を安定して知覚できるように、照明や観察角度などによって生じる些細な変化を無視するという知覚恒常性が備わっている。この知覚恒常性がなければ、照明や観察角度によって、物体が違うように見えてしまう。あえて「忠実」な物理変化を捨てて、物体の本来の姿を自ら作ってあげるという積極的な情報処理過程が、むしろ重要だろう。たとえば図Aのような照明環境の変化よりも、図Bのような質感の変化の検出が、私たちの生活にもっと役に立つはずだ。だから、大人は図Bの変化がより分かりやすい。しかし、このような能動的な情報の取捨選択の能力は、小さい赤ちゃんには備わってない。「忠実」に物理変化に反応してしまうのだ。

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【略歴】

楊 嘉楽(よう からく)。
中京大学心理学部専任講師。
知覚心理学、認知神経科学。
中央大学文学研究科博士後期課程修了。
博士(心理学)。
1981年生まれ。

  

2023/02/23

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