漸進した日本の「国境」政策
安倍政権積極的に推進

(中京大学)古川先生 顔写真.jpg

法学部
古川 浩司 教授

 19世紀に日本が近代国際社会の仲間入りをしてから、国境管理に関する国家組織であるCIQ(税関・入管・検疫)機関が設置され、第二次世界大戦後には、奄美、小笠原、沖縄の返還や1994年に発効した国連海洋法条約の批准などに伴う法整備が行われた。しかし、この時期の日本には「国境」を冠する法律は存在しなかった。その後、21世紀を迎えた日本は、北方領土、竹島、そして(日本政府は認めていないが)尖閣諸島をめぐる領土問題と有人国境離島の人口減少などに改めて直面した。

 これを受けて、第一次安倍政権では2007年の海洋基本法の施行に伴い海洋政策担当大臣が、2012年に発足した第二次安倍政権では領土問題担当大臣が任命され、2013年には内閣官房に領土・主権対策企画調整室が設置された。また、同年閣議決定された国家安全保障戦略では、領域保全に関する取り組みの強化として、「国境離島の保全、管理及び振興に積極的に取り組むとともに、国家安全保障の観点から国境離島、防衛施設周辺等における土地所有の状況把握に努め、土地利用等の在り方について検討する」との文言が盛り込まれた。

 上記の結果、2016年に尖閣領海警備専従体制が確立し、2017年に日本の安全や海洋資源の確保・利用を図る上で特に重要な離島である「国境離島」がその機能を果たすことを目的とする有人国境離島法が施行され、2021年に成立した重要施設または国境離島等の機能の阻害を防止することを目的とする重要土地法調査法が本年中に全面施行される予定である。また、2018年には国際航路に国内旅客を混乗させ運航するための包括協定が締結されたことで、韓国・釜山港-博多港間の国際線に寄港地の比田勝港(対馬市)発着の国内線客も相乗りできる「混乗便」が就航し、利便性が大いに向上した。さらに、これらの動きに前後して、「ボーダーツーリズム」という概念が生まれ、産官学の社会実装の実例とも言うべき「ボーダーツーリズム推進協議会(https://www.border-tourism.com/)」が設立されている。

 他方、2018年に日ソ共同宣言に基づく平和条約交渉の加速で一致したシンガポール合意後も北方領土問題は解決せず、竹島問題も進展はない。また、上記の国境離島に関する施策にもかかわらず、有人国境離島の人口減少が進み、2020年以降のコロナウイルスの世界的な感染拡大がさらに拍車をかけている。実際、先述した混乗便は2020年に、加えて日ロを結ぶ稚内―コルサコフ航路も2019年に休止となり、復活する見込みは立っていない。

 以上の結果、日本の歴代最長内閣となった安倍政権に関しては批判する意見もあるが、「国境」という観点からは、最も積極的に「国境」政策を進めた政権であるとも言える。それがゆえに、2022年7月の参議院選挙期間中に安倍晋三氏が非業の死を遂げられたことは無念でならない。

 これから日本の「国境」政策はどうなるのか。本年末に新たな国家安全保障戦略が閣議設定される予定であるが、ポスト・コロナ時代も見据えつつ、今後の更なる施策の充実・強化を期待したい。

【略歴】
古川 浩司(ふるかわ・こうじ)。
中京大学法学部教授。
国際関係論、境界地域研究。
大阪大学大学院国際公共政策研究科博士後期課程単位修得退学。修士(国際公共政策)。
1972年生まれ。

  

2022/07/28

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