生物模倣材料製造プロセス
特にセルフモデリング材料について

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野浪 亨 教授

 ろくろを回して器を作る。焼成には1300℃程度の高温が必要である。焼成は陶磁器などセラミックスの通常の製造工程である。一方、常に37℃程度で中性の環境下である私たちの体の中でも、セラミックスであるアパタイトは骨や歯として生成している。アパタイトなどのセラミックスを人工的に合成しようとすると,高温や高圧などの適切な条件が必要である。

 ハスの葉の表面の微細構造が撥水技術に,蝶の羽の構造が発色技術に,カタツムリの殻が汚れの落ちやすい建材などに応用されている。これらはいずれも,生物が環境に調和するために長い時間を使って会得した優れた機能や構造を模倣して工業製品の形や材料の開発に利用したものである。生体模倣と呼び,既に我々の生活に広く浸透している。

 一方、セルフモデリング(自己組織化)とは,ある系が自律的に秩序をもった構造を生み出す現象のことである。たとえば,原子が規則的に並んで結晶を形成する,分子が自然に集まって複雑な形を有する構造を構築する等である。水晶の結晶がいつも同じ六角柱状を呈することや,雪の結晶が幾何学的に美しい形状を有しているのもセルフモデリングの結果と考えることができる。セルフモデリングは工学でも結晶の製造や単分子膜,ポーラス材料の作製などに利用されている。

 アパタイトは,セルフモデリングを利用した生体模倣製造プロセスでの合成が可能である。約37℃、中性に保った、人の体液とよく似た組成の擬似体液中で、原子のセルフモデリングをうながすように環境を整えることにより、アパタイトの結晶を析出させ、成長させる。生体を模倣しているのだから、原料、排出物,製品は安全無害である。さらに,エネルギー使用量も少ない。

 アパタイトの合成と同時に他の材料と複合化することも可能である。擬似体液に,光触媒である酸化チタンを浸漬すると,1時間程度で表面に微細な結晶が析出する。この複合化により光触媒活性は向上し、応用範囲も広がり、抗菌、抗ウイルス材料や防汚、消臭材料として利用されている。

 生物組織を構成する材料は有機材料(高分子材料)とセラミックスの複合材料である場合が多い。しかもそれらは常温・常圧の 「ソフト」な条件下で合成されている。工業的にも高分子材料とセラミックスの複合化は検討されているが、それは水と油を複合化するようなもので高度な技術を要する。すなわち,バイオミメティック製造プロセスは今後セラミックスと有機材料との複合化にも重要な役割を果たすであろう。

 生体を模倣した環境にやさしい材料製造プロセスは省エネルギーで低コストな新しい製造プロセスである。従来のセラミックスの製造プロセスは高温もしくは高圧を必要とし,エネルギー消費型であり炭酸ガスの排出量も多い。バイオミメティック製造プロセスは他のセラミックスの製造へと展開する可能性がある。

【略歴】

 野浪 亨(のなみとおる)中京大学工学部教授
 名古屋工業大学大学院工学研究科修士課程修了。博士(工学)
 セラミックス
 1959年生まれ

2021/06/30

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