海外生産拠点の現地人財育成
中小企業の新しいメソッド

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弘中 史子 教授

 筆者はこれまで、東南アジアを中心に中小製造業のグローバル化を調査してきた。コロナ禍で景況に不透明感が出ているとはいえ、国内の成熟化を考えるならば、中小企業の海外生産は長期的にはますます盛んになるであろう。

 海外生産拠点の成否を左右する一つが、現地従業員の育成であることは言うまでもない。しかし言語や文化が異なる中で、現地従業員を育成するのは並大抵のことではない。日本では、生産現場で時間をかけて技能を修得していく。しかし海外では転職が頻繁なことが多く、せっかく育成しても定着しないことも多い。

 このような厳しい条件にありながら、独自の工夫をして、海外生産を成功させている中小企業がある。愛知県西尾市にある大野精工株式会社もその一つである。同社は超精密加工と試作開発を得意としており、2012年にベトナムで海外生産にのりだした。同社の強みの一つが「ベトナム拠点で日本本社と変わらない品質を実現していること」で、その背景には現地従業員の活躍がある。

 同社では、これまでベトナム人を中心に多くの技能実習生を受け入れ、教育に力をいれてきた。社内の掲示板はすべて日本語・ベトナム語で併記されており、加工に関わる專門用語等についても、ベトナム語で資料が完備されている。つまり、来日直後で日本語が不自由でも、技能を学ぶことができるのである。社内に日本の漫画やDVDをおくスペースを設けるなど、日本語の修得も積極的に支援している。

 こうして3年間、充実した研修を受けた技能実習生が、帰国後に同社のベトナム拠点に入社し、活躍している。彼・彼女たちは技能を修得しているだけでなく、日本のものづくりの仕組みも理解しており、それを部下たちに指導できる。こうした人材がベトナム拠点の生産現場を支えているのであるから、ベトナムで高い品質を実現できるのもうなずける。

 今後、同社はさらに人財育成の仕組みを進化させ、ベトナム拠点で採用してリーダークラスに昇進した従業員を転籍という形で日本本社に転勤してもらい、日本でトレーニングするケースを増やしていきたいという。本社社員に囲まれる環境で、生産性向上やカイゼンなどを学ぶことで、さらに現地のものづくりのレベルを向上させられるからだという。

 これまで、日本の中小企業は、海外進出後に現地従業員を採用し、日本人駐在管理者が何年間もかけて、育成するというメソッドをとることが多かった。しかし国内で人財を育成し、現地拠点で働いてもらうということで、より高い効果が期待できる。特に、5Sや安全、時間厳守といった規律に加えて、カイゼンや生産性向上という日本のものづくりの根幹をなすマインドが醸成できるという点は注目に値する。中小企業ならではの機動力を活かした試みであり、新たなメソッドといえよう。

【略歴】
弘中史子(ひろなか・ちかこ)中京大学総合政策学部教授
名古屋大学大学院経済学研究科博士後期課程修了。博士(経済学)
中小企業論

2021/05/13

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