RCEP離脱のインド
保護貿易路線へ傾斜

HP溜准教授顔写真.jpg
溜 和敏 准教授

 4月2日、衆議院本会議で「地域的な包括的経済連携」(RCEP)の承認案が審議入りした。RCEPは中国、韓国、豪州、東南アジア諸国連合(ASEAN)各国など15ヶ国の参加する一大経済圏として、今年年末以降に発足する見込みとなっている。

 当初はASEAN+6の16ヶ国で交渉を開始したが、インドが最終段階の2019年11月に離脱した。インド離脱の理由は、脆弱な国内製造業への打撃や貿易赤字の拡大が懸念され、反対運動も起きていたことであった。インドの貿易赤字の約3分の2はRCEP参加予定国との間で生じており、特に中国は全体の約4割を占めていた。

 インド離脱の一報に触れたとき、「いかにもインドらしい」と筆者は受け止めた。インド外交は、孤立や関係悪化を厭わない強気の姿勢で知られる。最たる例は、包括的核実験禁止条約(CTBT)であろう。ジュネーブ軍縮会議での討議はインドの反対のためにまとまらず、国連総会に場を移して1996年に採択された(未発効)。当時のインドは、アメリカ主導の核軍縮・不拡散の取り組みに刃向かう国の筆頭であり、1998年の核実験にも国際的な潮流への抵抗という側面があった。

 話をRCEPに戻そう。はたして、インドがRCEPに加わる可能性はあるだろうか。交渉離脱当初はインド国内でも参加を主張する論評も見られたが、以後の動向を見ると、参加の可能性は低くなっている。

 第一に、コロナ禍からの復興策の柱として、昨年5月に新経済政策「自立したインド」が発表された。昨年10月、11月の追加施策と合わせて総額約20兆円の大規模パッケージである。その内容は、生産連動型優遇策(RPI)の導入や、輸入規制の強化など、輸入代替を目指すものであり、保護貿易との批判を招いている。RCEPとは逆行する政策と言えよう。

 第二に、昨年6月に中国との国境で軍事衝突が勃発し、インド側20人、中国側4人(双方の公式発表による)の死者が出たことにより、インドの反中世論が爆発的に高まった。

 日本ではしばしば誤解されているが、モディ政権の政治の中核には、大衆受けする政策を推進する「強い指導者」としてのモディ首相の偶像がある。そのため、市民の憎悪の対象となっている中国との関係強化を意味する政策は、政治的に実現困難となった。

 第三に、二国間FTAや他の多国間協定によって代替可能との考えが広まっている。インドは他国にとって無視できる存在ではないため、個別の協定を結ぶことによって経済的なメリットを確保できるという発想である。日本も2011年にインドとの間で包括的経済連携協定を締結している(同年発効)。

 このように、インド国内でRCEP参加への気運はしぼんでおり、少なくとも当面は参加の可能性が低い。日本政府は、RCEPにおける中国の主導権を牽制するためにも、インドの引き留めに熱心であったが、今では関係者の間に諦めムードが漂う。当面は「インド抜きRCEP」という現実を受け止めるよりほかはないだろう。

溜 和敏(たまり・かずとし)中京大学総合政策学部准教授
中央大学大学院法学研究科博士後期課程修了 博士(政治学)
国際関係論、インドの国際政治
1980年生まれ

2021/04/23

  • 記事を共有