「塀の中の事情」と向き合う
社会復帰への関心・理解を

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保条 成宏 教授

 刑法学は、いかなる行為が犯罪となり、これに対してどのような刑罰が科されるべきかを論じる学問である。もっとも、犯罪により刑罰を科される「生身」の人間の現実と向き合うことなく、いくら犯罪や刑罰を論じても、血の通わない空論になる。

 そのため、刑法の先学たちに倣い、実際に懲役・禁錮刑などが執行されている刑務所を見学し、その空気に触れるように心がけてはきた。ただ、ここ何年かは、諸事情により刑務所から足が遠のき、しかもこのコロナ禍では、しばらくは見学できそうにない。そこでせめてもと、私の刑法ゼミで、本年5月刊行の清田浩司「塀の中の事情―刑務所で何が起きているか」(平凡社)を読むことにした。

 これまでも、刑務所に関しては、安部譲二氏の「塀の中の懲りない面々」や、山本譲司氏の「獄窓記」など、服役経験者による著作はあった。これに対し、本書は、テレビ朝日報道局に勤務する清田氏が、20年に及ぶ刑務所取材の集大成として、書き上げたものである。第一線のジャーナリストが、刑務官や受刑者へのインタビューなども織り交ぜ、手堅い筆致で描き出す刑務所の実像は、読者の想像をはるかに超える。ゼミ生たちも、「これまでの刑務所のイメージが覆された」と口々にいう。

 例えば、本書は、「塀の中は社会を映す鏡」という。社会の高齢化に格差の拡大が重なり、「老後破綻」が多発するなか、高齢での初犯により服役するケースも、増えている。高齢のため認知症が進行し、刑務作業はもちろん、身辺処理さえままならない受刑者もいる。こうした要介護者を高齢受刑者が世話する「老老介護」なども、日常化しており、刑務所は、今や介護施設と化しつつある。

 さらに、本書は、「塀のない刑務所」の先進的な取り組みとして、「開放的処遇施設」である松山刑務所・大井造船作業場を紹介している。愛媛県今治市の造船所「新来島どっく」の一画にあり、受刑者は、一般の従業員とともに仕事をしている。職業訓練プログラムが充実し、溶接・クレーン・フォーリフトなどの国家資格も、服役中に取得可能である。ただ、ここで働くのは、全国の4万人あまりの受刑者のうち、約30人に過ぎない。

 受刑者の社会復帰のためには、職業訓練や就労支援の体制を拡充する必要がある。日本では、江戸時代に「人足寄場」が置かれ、犯罪者などを収容し、社会復帰に向けて、大工・建具・塗物などの職業教育が行われた。同時代の諸外国に先んじた取り組みであり、このような歴史から学び直すことも必要であろう。

 刑務所出所者の就労を促進するうえでは、その雇用に二の足を踏む企業側の意識や姿勢が壁となる。ちなみに、1961年に大井造船作業場が開設されたのは、新来島どっく(当時は来島船渠)の社長であった故・坪内寿夫氏の尽力に負うところが大きい。それから半世紀以上の歳月が流れた今、犯罪からの社会復帰に関心・理解のある企業経営者が多く現れ、坪内氏の遺志を継いでいくことを改めて期待したい。

保条 成宏(ほうじょう まさひろ) 中京大学法学部教授
刑法
名古屋大学大学院法学研究科博士後期課程単位取得
1965年生まれ

2021/01/06

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