在外教育施設のいま
「日本人」の多様性と向き合う

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芝野 淳一 准教授

 海外で生活する日本の子どもの学びを支える教育機関に、在外教育施設がある。在外教育施設は、日本の主権の及ばない外国で暮らす子どもに対して、日本の学校と同等の教育を提供することを目的に設置された学校である。全日制の日本人学校と、主に土曜日に開講される補習授業校の二種類があり、前者は50ヵ国89校、後者は55ヵ国202校となっている。日本政府は在外教育施設に対して、教員派遣、教科書の無償配布、財政援助などの支援を行っている。

 在外教育施設は長らく、海外駐在員の子どもの帰国準備をサポートする役割を担ってきた。しかし、近年、日本人のライフスタイルの変化や海外勤務者の多様化を背景に、日系企業の現地採用者や自営業者として働く長期滞在・永住者の子どもや、国際結婚家庭の子どもの在籍数の増加が、多様な地域で報告されている。彼らの多くは、現地で生まれ育ち、複数の言語・文化の中で生活している。私が調査を続けているグアムの在外教育施設でも、年度によって変動はあるものの、そのような子どもが7割を超えている。ただし、海外駐在員以外の子どもを受け入れない方針をとる施設もある。

 こうした状況の中、現場には多様な教育ニーズが出現している。かつてのように、日本語を第一言語として使いこなし、日本での進学を予定している子どもばかりではない。例えば、英語が第一言語で日本語があまり話せない者もいれば、現地や第三国の高校・大学に進学する者もいる。アイデンティティについ  ても、日本人であることを自認していることが当たり前ではない。複数の言語・文化環境で育つ子どもの中には、「日本人でもあり、アメリカ人でもある」など、一つの国や文化に縛られない複合的かつ流動的なアイデンティティをもつ者もいる。さらに、保護者についても、親族と会話するために必要最低限の日本語を習わせたい親から、帰国後に有名私立学校の受験を見据える親まで、さまざまである。

 現場の教員は、カリキュラムや教授法を工夫しながら、多様な教育ニーズに応えるための学校運営や教育実践に取り組んでいる。しかし、現行の政府の支援制度では、帰国予定のある子どもの数に合わせて資源が配分される。そのため、帰国予定が明確でない長期滞在・永住者や国際結婚家庭の子どもが多い施設には、実態に見合った援助がなされていない。特に、日系企業の少ない地域にある小規模施設は、現場の取り組みを下支えする財政基盤や人的資源を十分に確保できない状況にある。

 在外教育施設はいま、大きな転換期を迎えている。海外で生活する子どもにとって、在外教育施設は日本と接点をもつことのできる貴重な場所である。多様な背景をもつ子どもが学ぶ現状を踏まえた上で、これまで援助の対象として想定してきた「日本人」の範疇を再考し、多様性に開かれた教育や支援の在り方を模索していく必要があるだろう。

芝野 淳一(しばの じゅんいち) 中京大学現代社会学部准教授
教育社会学
大阪大学大学院人間科学研究科博士後期課程
博士(人間科学)
1986年生まれ

2020/11/27

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