所有感の生起メカニズム
所有感を抱き欲求を満たす

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井関 紗代 助教

 私たちは身の周りのモノに対し、「これは自分のモノだ」と感じながら生活している。そして、このような所有感を抱く程度は、対象によってさまざまである。例えば、肌身離さず使用するスマートフォンや腕時計、苦労して手に入れた車、子供の頃の思い出がつまった玩具などに対して、高い所有感を抱いている一方、友達に貸したことを何年も忘れている本のように、自分のモノであるにもかかわらず、所有感をほとんど抱いていない場合もある。さらには、勤務先で使用しているパソコンや、行きつけのカフェでいつも座る席など、実際には自分のモノではない対象に、高い所有感を抱くこともある。つまり、所有権を有しているかどうかにかかわらず、私たちはモノに対して所有感を抱くのである。

 これまでに、モノを所有する意義や所有感を抱くことによる心理的効果などについて、発達心理学や認知心理学、行動経済学の分野で多くの研究が行われてきた。そこで明らかになっているのは、私たちは、思い通りにコントロールしたり、豊富な知識を持っていたり、時間・お金・労力を投資したりした対象に、所有感を抱くということである。そして、いったん所有感を抱くと、その価値を高く見積もり、手放したくなくなるのである。この保有効果の頑健性は、幾度となく実証されてきている。さらには、所有感を抱くことで、私たちが生得的に有している3つの欲求を満たすことができる。それは、(1)自分を取り巻く環境をコントロールしたい、(2)自己を表現・理解・維持したい、(3)自分の居場所を獲得したい、という欲求である。
 近年、サブスクリプションサービスに代表されるように、私たちの消費行動はモノを所有するのではなく、必要に応じて利用するスタイルへと大きく変化してきている。しかし、私たちは身の周りのモノに対し、所有感を抱かなくなってしまったわけではない。例えば、音楽ストリーミングサービスの利用者は、お気に入りのプレイリストを作り、そのリストに所有感を抱いている。また、SNSに投稿した旅先の写真や、カスタマイズしたホーム画面、ゲーム上で収集したキャラクターなど、さまざまな対象に所有感を抱き、先述の3つの欲求を満たしているのである。つまり、私たちが所有感を抱く対象は多岐にわたるようになったが、対象をコントロールし、知識を有し、自己を投資することで所有感が高まり、3つの欲求を満たすという本質は変わっていないのである。
 これらのことから、ビジネスの勝機もまた所有感の生起にあるのではないかと考える。所有感が高まることで顧客満足やロイヤルティ、リテンションにポジティブな影響を及ぼすからである。所有感を所有権と切り離して捉え、消費者が、どのような対象に、いかにして所有感を抱いているか、これまで以上に着目する必要があるだろう。


井関 紗代(いせき さよ)中京大学経営学部助教
消費者行動、認知心理学
名古屋大学大学院情報学研究科博士後期課程修了 
博士(学術)

2020/08/25

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