カスタマーサクセスの実現を目指して
ビジネスの普遍的な命題

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中村 雅章 教授

 昨年12月、日本初のカスタマーサクセスカンファレンス「Success4」が東京・渋谷で開催された。会場は熱気にあふれ大いに盛り上がった。カスタマーサクセスとは、直訳すると顧客の成功であり、企業は製品やサービスを販売して終わりではなく、顧客がそれを使用して得られる体験価値の向上と成果の実現に責任を持つ考え方だ。

 そのため、企業は販売後も顧客とともに成果の達成に向けて努力する。カスタマーサクセスは、顧客の問題や不満を解消する受け身のカスタマーサポートとも性格が異なり、顧客の成功に向けて積極的に提案するコンサルティングやコーチングの役割を果たす必要がある。

 この言葉を最初に使ったのは、企業向けソフトウェアを提供するセールスフォース・ドットコム社である。同社は、ソフトウェアを販売するのではなく、インターネット上で必要な機能をサービスとして提供するサブスクリプション(利用契約)型のビジネスを展開した。顧客は高額な初期投資や購入リスクが低減するため、気軽に契約できるようになる。セールスフォース・ドットコム社にとっても契約数を増やし、毎月の安定的な収益が期待できた。しかし、顧客はサービスに満足できなければすぐに解約してしまう。

 そこで、顧客を引きつけておくために提唱されたのがカスタマーサクセスであった。

 この背景には、消費者の購買行動が「所有から利用へ」とシフトしたこともあった。特に若い世代で顕著だ。これに伴って、企業の競争の舞台は、売り切りモデルからサブスクリプションモデルへと転換している。最近はデジタルだけでなく、モノの分野にも広がり、食品、美容、ファッション、家電、自動車など、あらゆる業界で対応が急がれる。その本質は顧客の継続利用(リテンション)にあり、リテンションモデルと呼ぶのがふさわしい。

 配車サービスの「Uber」は乗車ごとに料金を支払うシステムであり、サブスクリプションではない。しかし、一度使えばその便利さ、日々進化するサービスに魅了され、日常的に使うようになるという。

 一方、トヨタ自動車が始めたサブスクリプションサービスである「KINTO」は、契約数の伸び悩みが伝えられている。車の購入代金を月額払いにし、所有から利用に置き換えただけでは顧客は満足しない。車の利用が、購入とは異なる新たな顧客体験を提供し、顧客をいかに成功に導くかが問われている。

 企業にとって、カスタマーサクセスは既存顧客と長期的な関係を結び、製品やサービスの改善を通して顧客に価値を提供し続け、ロイヤルカスタマーとなった顧客が新規顧客を呼び込むような循環を作り上げる。顧客のスイッチングコストが低く、交渉力が強い中でロイヤルカスタマーを育成するための戦略がカスタマーサクセスであるといえる。

 顧客の成功を願うことは、企業の普遍的な命題である。今こそカスタマーサクセスとリテンションモデルの考え方を積極的に取り入れ、自社の事業モデルを果敢に変革する時である。

中村 雅章(なかむら・まさあき)中京大学経営学部教授
情報・ビジネス戦略。名古屋工業大学大学院工学研究科博士後期課程修了
工学博士
1958年生まれ

2020/07/20

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