レポ市場の課題と改革
リーマン・ショックのその後

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深井 大幹 准教授

 2007年、アメリカのサブプライム住宅ローン市場に端を発する世界的な金融危機が発生した。アメリカの大手投資銀行であるリーマン・ブラザーズが経営破綻したことから、日本では「リーマン・ショック」と呼ばれている。当時リーマン・ブラザーズは、住宅を担保とする債権を集めて、証券として販売していたのだが、住宅価格の下落による信用不安から資金繰りが悪化し、資金難に陥ったのだ。

 リーマン・ブラザーズが資金を借り入れていた短期金融市場の一つにレポ市場がある。レポとは「repurchase agreement」のことで、直訳すれば買い戻し契約という意味だ。その名の通り、まず購入日に買い手が売り手から債券を購入し、その後、買い戻し日に逆の売買を行う一連の取引を言う。実際には債券の売買とその逆取引なのだが、実質的には債券を担保とした資金の貸借と考えることができる。また、逆から見れば、現金を担保とした債券の貸借でもある。

 近年の研究では、レポ市場でのリーマン・ブラザーズに対する急速な資金の引き揚げが、同社の破綻に寄与していたことが明らかになっている。レポ市場の安定化が、金融システムの安定化にとって欠かせないものになっているのだ。

 住宅を担保としてローンを組む場合などとは違い、レポは実際には売買であり、債券の所有権は、売り手から買い手に完全に移転される。したがって、予定していた買い戻し日に、売り手が現金を用意できなければ、買い手は売り手からの介入なしに債券を自由にすることができる。このような柔軟性は、多数の金融機関がレポ市場を利用している理由の一つだ。

 レポ市場では、金利がマイナスになることがしばしばある。債券の需給によっては、債券を貸してくれたお礼として、債券の買い手から売り手(つまりは資金の貸し手から借り手)に金利が支払われるのだ。レポ金利がマイナスの場合には、売り手が債券の受け渡しに応じない誘因は高まる。購入日に債券の受け渡しができなくとも、金利は支払わなければならないという市場慣行があるからだ。そのため、リーマン・ショック直後、売り手による受け渡しの不成立(フェイル)が多発した。買い手からすれば、借りようとしていた債券を期日に借りられない上に、その借りていない債券に対してお礼を支払わなければならないのだからなんとも迷惑な話だ。

 このような歪んだ市場慣行を是正するために、様々な改革が進められている。2004年12月、ヨーロッパでは、レポ金利がマイナスになった場合には、フェイルが解消するまで金利をゼロに再設定することが提案された。リーマン・ショック後の2009年5月には、アメリカでフェイルに対する罰則が導入され、売り手が期日通りに債券を受け渡さなかった場合には、買い手は売り手から補償を受けられるようになった。

 安定的な金融システム構築のために、リーマン・ショックの経験は着実に生かされている。

深井大幹(ふかい ひろき)中京大学経済学部准教授
貨幣理論・マクロ経済学。
ペンシルベニア州立大学Ph.D.課程修了。Ph.D.(経済学)。
1986年生まれ。

2020/05/25

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