宇宙活動を拓く電気ロケット
長時間運転に対するリスク評価

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村中 崇信 准教授

 昨今、小惑星探査機「はやぶさ2」の活躍が多数のメディアで報道されている。「はやぶさ2」はその前身の初代「はやぶさ」に次いで、宇宙航空研究開発機構(JAXA)が開発した小惑星探査機である。2014年12月の打上げ以降、2018年6月には、地球からはるか2億8千万kmかなたの小惑星「リュウグウ」に無事到着した。その後、「リュウグウ」の「かけら」を2度も採取することに成功し、現在は2020年12月の地球帰還を目指した帰路にある。「はやぶさ2」や「はやぶさ」が見せた世界的快挙は、技術者のみならず多くの人に夢と感動を与えているが、これら探査機の長距離宇宙航行を支える技術に電気ロケットがある。

 電気ロケットは、主にキセノンガスを燃料とし、これを電離して得られるイオン(正電荷をもつ粒子)を電気の力で高速噴射して、その反動で推進力を得る装置である。その優位性は、従来の化学ロケットと比較して、およそ10倍の噴射速度(秒速30 km程度)を実現するところにある。噴射速度が大きいことは燃料を効率よく利用できることを意味する。宇宙では、探査機が使用できる燃料に制限があるため、燃費の良い電気ロケットは宇宙利用に適したロケットであるといえる。一方で、電気ロケットの推進力は、化学ロケットと比較して非常に小さい。電気ロケットは、燃料を節約しながら徐々に増速するため、長時間の運転時間が必要となる。そこで重要となるのが、長時間運転に対する電気ロケットのリスク評価である。

 電気ロケットのリスク評価には2つの観点がある。一方は、電気ロケットの寿命であり、他方は、電気ロケットが噴射するイオンがもたらす探査機の性能劣化である。「はやぶさ2」を例に挙げると、搭載された電気ロケットは、イオンを高速噴射するシステムに、多孔電極を使用している。この電極がつくる電気の力で加速されたイオンは、孔を通して高速噴射される。このとき、その一部は孔周辺に衝突し電極を損耗する。長時間運転では、電極損耗の累積でイオンの噴射能力はしだいに低下し、電気ロケットは寿命を迎える。一方、高速噴射されたイオンは、探査機近傍に拡散する低速イオンをつくる。発生した低速イオンが探査機に逆流すると、機体表面に衝突し表面を損耗するおそれがある。とくに、探査機表面には電気・熱特性を向上させる薄膜材料が使用されており、薄膜材料の損耗が探査機性能を劣化させる可能性がある。

 これらのリスク評価は、電気ロケット開発段階で十分実施される必要がある。実際は、宇宙環境を模擬する地上設備で電気ロケットを運転し、想定される運転時間におけるロケットの耐久性試験や、ロケット周辺に拡散するイオンの影響調査などが実施されている。近年では、地上試験の時間およびコスト削減の目的から、これらの評価には、物理現象をコンピュータで再現する、計算機シミュレーションも多用されている。

村中 崇信(むらなか たかのぶ) 中京大学工学部電気電子工学科准教授
電気推進、宇宙環境工学、プラズマ工学
九州大学大学院総合理工学研究科先端エネルギー理工学専攻博士課程修了
博士(工学)
1972年生まれ

2020/03/23

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