義務履行確保と氏名公表
公表の基準・ルールを明確に
張 栄紅 准教授
今年5月、パワハラ対策を事業主に義務付け、違反者が行政指導に従わなかった場合に氏名公表を行いうる法改正がなされた。近年、法的義務に違反した者が行政指導に従わない場合に氏名を公表するという手法を規定する法律や条例は、非常に多く見られる。公表は、手軽な制裁手法と認識されているようで、国においても自治体においても、行政過程に組み込まれて、一般化した制度になっている。
公表は、国民に情報を提供して対応策を用意させるとともに、間接的に違反者に義務の履行を確保させる側面を有する。つまり、情報を受け取った国民が、それに反応して、例えば、ブッラク企業と揶揄したり、非難したり、敬遠したりするなど公表された者にとってネガティブな対応をすることができる。とりわけ、行政が一般にホームページで公表を行うため、情報が瞬時に拡散され、誰でも容易にアクセスできる。また、記者会見のような一時的なものとは異なり、継続的に、場合によっては長期間に公表される。こうして、ホームページでの公表は、極めて重大な不利益をもたらす可能性があり、重大な制裁効果を有する。違反者は、公表による不利益を避けたい場合、義務履行のため様々な対策をとらなければならない。
公表は、義務履行を確保するうえで有効な手法である。だが、厳しいすぎる制裁になりやすいことや公表を誤った場合の訴訟への危惧から、従来はそれほど活用されず、せいぜい脅しに使っている印象がある。しかし最近は、国においても自治体においても、公表が活用されつつある。違法者に法律や条例を遵守させる点で評価できるものの、公表が発揮しうる重大な制裁効果を考えると、慎重な運用が求められる。
公表の要件については、行政指導に「従わなかったときは、その旨を公表することができる」と規定する法律や条例が多い。公表の制裁効果の重大性に鑑みれば、要件が不明確すぎて、公表の対象を絞れるような具体的な基準を定める必要がある。また、公表を行うかについては、義務違反の程度があまりに大きく、違反を放置することが妥当でない場合など、比例原則の観点から慎重な判断を要する。さらに、公表の必要性がなくなれば、迅速に公表を取りやめることも必要である。
現行法上公表に対する事後的な救済手段が十分でないことに加え、公表された後に実質的な権利救済が図れにくいことから、公表する前に、反論の機会を与えるような行政手続が十分に整備されている必要がある。現状では、意見を述べる機会を付与するような事前手続を導入している条例は多いが、法律はまれである。また、公表が必要でなくなるとき、公表された者に削除請求を認める必要がある。さらに、誤った公表をした場合、公表された者に訂正請求や、行政側の訂正義務(及びその旨の公表)などの手続をルール化する必要もある。しかし現状ではこのようなルールを定めるものは少ない。今後の動向を注視したい。
張 栄紅(ちょう・えいこう)中京大学法学部准教授
行政法
九州大学大学院法学府博士後期課程修了(博士(法学))
1986年生まれ
2019/11/12
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張 栄紅 准教授 |
今年5月、パワハラ対策を事業主に義務付け、違反者が行政指導に従わなかった場合に氏名公表を行いうる法改正がなされた。近年、法的義務に違反した者が行政指導に従わない場合に氏名を公表するという手法を規定する法律や条例は、非常に多く見られる。公表は、手軽な制裁手法と認識されているようで、国においても自治体においても、行政過程に組み込まれて、一般化した制度になっている。
公表は、国民に情報を提供して対応策を用意させるとともに、間接的に違反者に義務の履行を確保させる側面を有する。つまり、情報を受け取った国民が、それに反応して、例えば、ブッラク企業と揶揄したり、非難したり、敬遠したりするなど公表された者にとってネガティブな対応をすることができる。とりわけ、行政が一般にホームページで公表を行うため、情報が瞬時に拡散され、誰でも容易にアクセスできる。また、記者会見のような一時的なものとは異なり、継続的に、場合によっては長期間に公表される。こうして、ホームページでの公表は、極めて重大な不利益をもたらす可能性があり、重大な制裁効果を有する。違反者は、公表による不利益を避けたい場合、義務履行のため様々な対策をとらなければならない。
公表は、義務履行を確保するうえで有効な手法である。だが、厳しいすぎる制裁になりやすいことや公表を誤った場合の訴訟への危惧から、従来はそれほど活用されず、せいぜい脅しに使っている印象がある。しかし最近は、国においても自治体においても、公表が活用されつつある。違法者に法律や条例を遵守させる点で評価できるものの、公表が発揮しうる重大な制裁効果を考えると、慎重な運用が求められる。
公表の要件については、行政指導に「従わなかったときは、その旨を公表することができる」と規定する法律や条例が多い。公表の制裁効果の重大性に鑑みれば、要件が不明確すぎて、公表の対象を絞れるような具体的な基準を定める必要がある。また、公表を行うかについては、義務違反の程度があまりに大きく、違反を放置することが妥当でない場合など、比例原則の観点から慎重な判断を要する。さらに、公表の必要性がなくなれば、迅速に公表を取りやめることも必要である。
現行法上公表に対する事後的な救済手段が十分でないことに加え、公表された後に実質的な権利救済が図れにくいことから、公表する前に、反論の機会を与えるような行政手続が十分に整備されている必要がある。現状では、意見を述べる機会を付与するような事前手続を導入している条例は多いが、法律はまれである。また、公表が必要でなくなるとき、公表された者に削除請求を認める必要がある。さらに、誤った公表をした場合、公表された者に訂正請求や、行政側の訂正義務(及びその旨の公表)などの手続をルール化する必要もある。しかし現状ではこのようなルールを定めるものは少ない。今後の動向を注視したい。
張 栄紅(ちょう・えいこう)中京大学法学部准教授
行政法
九州大学大学院法学府博士後期課程修了(博士(法学))
1986年生まれ
2019/11/12