スポーツ科学の進歩とコーチングの業
目のつけどころと工夫

HP髙橋繁浩先生.jpg
髙橋 繁浩 教授

 2020東京オリンピック・パラリンピック大会を来年に控え、スポーツへの関心が益々高まってきている。

 男子100m自由形の世界記録が正式に公認されたのは1956年。その記録は55秒2だった。それが現在では46秒91まで短縮され、ヒトは63年間で8秒29も速く泳げるようになったことになる。記録短縮の要因としては、プール形状が改良され、波が立ちにくくなったこと、スタート台に傾斜やブロックが付けられ、跳びやすくなったこと、水着の進化、ルール改正などがあげられるが、ここ20~30年は、スポーツ科学による貢献が大きいと言えよう。

 スポーツバイオメカニクスの研究は、測定機器の開発や解析方法の進歩に伴い、目覚ましい発展を遂げており、スポーツ動作に関する情報は、より高度な技術の獲得を可能にした。また、スポーツ生理学の研究による、生理的な現象とその仕組みに関する新たな情報は、トレーニングをより効率的なものへと進化させた。スポーツ心理学、医学、栄養学などによる、スポーツパフォーマンス向上への貢献も同様である。そして、情報ツールの進化が、それらの豊富な情報を世界中に発信している。

 昨今、日本人のものづくりの技術が外国人に注目されている。それは、職人の長年の経験と勘がなし得る技であり、日本人が培ってきたこだわりときめ細かさの集大成ともいえよう。そして、その技はものづくりだけでなく、コーチングの世界でも生かされている。競泳では、「水をつかむ」「水に乗る」「水を押す」といった表現がよく使われる。今のように、動画でレースや選手の泳ぎを何度も繰り返し見ることができなかったころ、優れた選手の泳ぎをしっかり目に焼き付け、言葉やジェスチャーで選手に伝えて指導がなされてきた。感覚的な表現だが、しっくりくるのが不思議である。そして、それらは、撮影、再生機器が進化した現在でもよく耳にする。私が現役の頃、泳ぎに悩んでいると、監督から、「平泳ぎで体を前方に伸ばす時は、手、肘、頭、胴体、脚の順に小さな輪をくぐりぬけるような感じで」とアドバイスされた。すると手足の動作が容易にイメージでき、気持ちよく伸びながら泳ぐことができたのである。複雑な動作を簡単に言い表す魔法の言葉だった。

 平泳ぎは日本のお家芸と言われている。最も水中抵抗が大きく、高度な技術が求められる種目だけに、日本人の努力と緻密な技をもってして、体格やパワーに勝る外国人選手らと互角に競い合ってきた。また、1988年ソウル五輪背泳ぎ金メダルの鈴木大地選手はバサロキックで潜水距離を延ばして優勝した。水中に潜ると造波抵抗がないため速く泳ぐことができる。また、彼は足首の関節がとても柔らかく、抵抗の少ないバサロキックで推進力を得ることができた。目の付けどころと工夫も日本人の業である。

 スポーツパフォーマンス向上の糸口となる情報があふれる中、それらのツールをどう活かすかがコーチングである。スポーツ科学の進歩と日本人のコーチングの業が、選手活躍のカギになるかもしれない。56年ぶりに東京で開催される五輪に期待したい。

中京大学スポーツ科学部教授
髙橋 繁浩(たかはし しげひろ)
スポーツ生理学、コーチング
中京大学大学院体育学研究科 博士(体育学)
1961年生まれ

2019/06/20

  • 記事を共有