緊縮政策からの脱却は可能か?  
ポルトガル社会党連立政権の試み

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入江 恭平 教授

 欧州ではユーロ危機の勃発から10年近くが経ち、順調に回復をみせていたドイツはじめ北部欧州諸国も世界経済の減速を受け成長率が鈍化し、しかもECB(欧州中央銀行)による超金融緩和もその効果が限界に達した感がある。そこで、財政政策の出動が久しぶりに話題になっている。3月、OECDはドイツ、オランダ、オーストリア、アイルランドおよびバルト諸国が、向こう3年にわたってGDP比0.5%の政府支出を追加すれば、ユーロ域のGDPが長期にわたって1%増加すると述べた。しかしドイツ政府もこのことをある程度認識しているが、依然として財政均衡ルールを維持し、すでに管理可能な対GDP政府債務残高比率をさらに引き下げようとしている。いいかえれば、一層の財政支出の必要性は十分認識するが、それはあくまでも構造問題としてであって、経済の支出減少に対抗する反循環的な必要性からではない。いわんやユーロ圏全体の経済の弱体化を相殺するためではないというのがドイツの姿勢である。緊縮政策の下での財政出動である。

 一方、ユーロ危機の震源地であるギリシャの財政政策も依然として緊縮政策の影がつきまとう。反緊縮政策を掲げて政権を奪取したシリザ(チプラス)政権も確かに財政収支こそ2016年以降3年間にわたって黒字に転化させたが、その主要因は経済成長の駆動力となる公共投資の大幅な削減であり、したがって対GDP 比での政府債務残高はむしろ増加している。

 これに対して最近の欧州の中では数少ない中道左派(社会党)政権下で進められるポルトガルの財政政策は緊縮政策からの転換が謳われている。ギリシャほどではないとしても、欧州委員会、IMF,ECBからなるいわゆるトロイカによる780億ユーロの金融支援と交換に2011年~14年にかけて緊縮プログラムがポルトガルで実施され、その後4年間にわたって経済的困窮が続いた。時の中道右派政権下で保健、教育、社会福祉支出および公的年金の徹底した切り捨てが銀行閉鎖とともに実施された。さらに増税が実施され、公的部門では労働時間が延長される一方、最低賃金、給与、新規採用が凍結された。トロイカの財政再建戦略で、ポルトガルの財政赤字は2011年の11.2%(対GDP比)から14年の4.5%(同)に引き下げられた一方で政府債務残高(対GDP比)は2014年に史上最高の130.6%に達した。これら緊縮政策に批判的であり当時リスボン市長を務めていたアントニオ・コスタ氏が政権につくや時計の針を巻き戻し、30%もカットされていた公的部門の賃金や公的年金を原状復帰させ、また労働時間の減少、休暇の増加、減税さらには2年間にわたって最低賃金を20%引き上げがおこなわれ、緊縮政策からの転換が図られた。その結果、過去45年間で初めての財政収支の黒字転換と見込まれるだけではなく、ギリシャの場合とは対照的に政府負債残高比率も減少トレンドを描いている。果たして、持続可能であろうか?今後が注目される。

入江 恭平(いりえ きょうへい)中京大学経営学部 教授 (2018年度退職)

大阪市立大学大学院経営学博士課程単位取得退学
国際金融
1949年生まれ

2019/05/14

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