心理学における信頼性革命
科学としての心理学へ

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池田 功毅 助教

 あなたが「昨日テレビで心理学についての番組をやっていたよ」と心理学者に何気なく言えば、その人は「簡単なテストや何気ない仕草であなたの考えが読み解けるなんて話の多くは、『自称』心理学で、それは『本当の』心理学じゃないんだよ」と答えるかもしれない。曰く、本当の、あるいは科学的な心理学とは、長年に渡る研究の積み重ねと、論理的な仮説形成、そして経験データと統計学による科学的検証によってようやく手に入る、極めて厳密なものなのだと。確かに巷に溢れる自称心理学は、私たちが大学で教えている心理学とはまったくの別物であり、信用に値しない。しかしながら、だからと言ってその本当の心理学が「極めて厳密か」と言えば、残念ながらまったくそうではない。

 一般にはあまり知られていないが、現在の心理学の標準的教科書に記されている知見の多くが、実際には再現不可能、すなわち根拠のない話であることが、2010年代に入り急速に分かってきている。これがいわゆる「心理学の再現可能性危機」と呼ばれるものだ。例えばある研究では、代表的な心理学の学術誌に掲載された100の研究を追試した結果、40%弱の知見しか再現できなかったことが報告された (Science, 349(6251), aac4716)。文字通りに取れば、心理学の知見の半分強が嘘だということになる。心理学史に輝く歴史的研究でさえ、次々と再現不可能であることが分かってきた。科学としての心理学はもう終わってしまった、一時はそんな声さえ聞かれるほどであった。

 だが、この話の真の始まりはここからである。この危機に対して、世界中の心理学者たちは驚くべき強靭さと連帯を示した。問題の構造を見極め、対策案を打ち出し、様々な方法でそれを実装していった。多くの学会や学術誌がそれまでの方向性を猛省し、高い科学的信頼性を目指して、ドラスティックな改革を断行した。事前審査付き事前登録制度がその一例であり、2018年12月現在で153の学術誌がこの制度を採用している (詳細は、心理学評論、59(1), 3-14 を参照)。改革は大学・大学院教育にまで及び、現在この新しい風土の中で多くの若手研究者が育ちつつある。言わば心理学は生まれ変わったのである。ある人はこれを「心理学の信頼性革命」と呼ぶ。

 しかし、今後心理学が蓄積的科学として安定した成長を遂げるかどうかは、未知数であると言わざるを得ない。上に述べた改革を通じて、確かに私たちは、信頼できない知見を心理学から排除する厳密な手法を手に入れたが、それは同時に、これまで長く支持されてきた心理学理論の多くを捨てることも意味していた。そして、今後心理学の新しい基礎となり得るようなパラダイムは、未だ誰の眼にも明確には見えてはいない。現在、世界中の心理学者が、その未踏の地平にたどり着こうと試行錯誤を重ねている。心理学が真に科学となるための挑戦は、始まったばかりなのである。

池田 功毅(いけだ こうき)中京大学心理学部 助教

認知心理学・社会心理学
東京大学大学院総合文化研究科単位取得退学
博士(学術、東京大学)
1974年生まれ

2018/12/25

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