工学技術の意図的な誤用
誤用で得られる新たな視点

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井藤 雄一 助教

 みなさんはコンピュータやスマートフォンを使用している最中にエラーやバグが発生して再起動を余儀なくされたことはありますでしょうか。プログラミングで音響や映像を制作する研究を行う筆者はこれまでに数えきれないほど経験しており、研究室の窓からPCを投げ捨ててしまいたい衝動に駆られたこともあります。コンピュータを使用するお仕事をされている方は共感していただけると思います。


 そんな憎きコンピュータのエラーやバグですが、芸術の分野、特にデジタル技術を応用するメディアアートの分野において、それらエラーやバグを利用した芸術表現が行われるようになってきました。機械の故障や欠陥、電力を使用する機器の突然の異常という意味でグリッチ(Glitch)という言葉があります。例えば、ビデオゲームのカートリッジを不完全に挿したままでゲーム機を起動すると、ブロック状のノイズ画像が表示されることがありますが、これもグリッチのひとつです。このような通常ならば排除すべきノイズやエラーをアート表現として利用するグリッチアートがメディアアートのひとつの流れを作っています。

 筆者は工学技術や情報技術などを誤用してグリッチを意図的に起こし、そこで生まれる表現について研究を行なっています。最近特に注目しているのは動画ファイルの圧縮技術を誤用して意図的にグリッチを起こす映像制作手法で、上手くいくと元の映像の中には存在しなかったノイズ画像が現れます。例えば、BSデジタル放送などで大雨や嵐の日に放送が上手く受信できずに四角いノイズが画面に現れることがあります。それを意図的に発生させるイメージです。ときにそれが美しく見えることがあるのです。

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 井藤助教(ノイズ有)

 意図的にグリッチを起こすことを私は「意図的な誤用」と呼んでおり、道具や手法などを本来とは異なる使用方法「意図的な誤用」による制作手法に新たな芸術表現のヒントがあると考えています。上記の映像制作手法で制作した作品の場合、鑑賞者は地上デジタル放送やインターネット上での動画を見る際に普段は気にもとめないデータやその圧縮技術を意識することになります。そのことで、テレビやコンピュータで動画を見るためにはデータ圧縮という工学技術を使用しているという新たな視点を得ることができます。さらには、工学技術以外にも現代社会のシステムや構造についても思考を広げていくことができるのではないでしょうか。

 様々な出来事や情報が複雑に絡み合う現代社会において、このように複眼的視点を持ち考えていくことは今後重要になってくる気がしています。ただ、言葉で理解していてもこのような新たな視点を体得することは難しく、身近にある工学技術を意図的に誤用した芸術を通して体感することでそれを成すことができるのではないかと考えています。

 ちなみに、プロフィール写真を意図的に誤用してノイズ画像にしたのが、上の写真です。

井藤雄一(いとう ゆういち)

中京大学工学部メディア工学科助教

映像音響作品制作

中京大学大学院情報科学研究科博士過程終了。博士(メディア科学)

1983年生まれ

2018/11/29

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