複式簿記のあゆみとその有用性
初期には経営管理機能が重視

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中村 将人 准教授

 「先生、簿記って就職に役立ちますか?」

 筆者の研究室を訪れる学生は、十中八九このような言葉を口にする。「就職に役立たないことは勉強しない気か?」という心の声はさておき、ビジネスにおける簿記の有用性について、その歴史を踏まえて考えてみたい。

 今日言うところの「簿記」とは正確には「複式簿記」であるが、その歴史は極めて長い。中世イタリア商人の間で考案されたと言われており、1494年にはルカ・パチオリという修道僧が『スンマ』という著作において複式簿記について解説している。これが現存する最古の複式簿記に関する出版物である。『スンマ』はヨーロッパ諸国への複式簿記の伝播に貢献し、最初期の株式会社であるオランダやイギリスの東インド会社でも複式簿記が採用された。

 今日、複式簿記は一般的に財務諸表の作成手段として用いられているが、それと同時に極めて合理的な経営管理システムでもある。近代までは財務諸表の作成が一般的ではなく、むしろ経営管理機能の方が重視されていた。コンピューターなど存在しない時代、紙とペンのみで企業の経営成績や財政状態を一元的に管理できる複式簿記は極めて有用であった。

 さて、日本における複式簿記の嚆矢は、江戸時代のオランダ・イギリス商館(これらは蘭・英東インド会社の日本支社に相当する)における会計帳簿である。しかし、言うまでもなくこれらは日本人が扱ったものではない。日本人と複式簿記との邂逅は、1873年の『銀行簿記精法』や『帳合之法』の出版による。前者はお雇い外国人シャンドによる銀行簿記の講義を大蔵省がまとめたものであり、後者はアメリカの簿記教科書を福澤諭吉が翻訳したものである。しかし、日本において複式簿記は直ちに普及したとは言い難い。明治・大正期に複式簿記を導入した一部の企業においても、その有用性をきちんと認識していたかどうかは疑わしい。日本における複式簿記の普及は、太平洋戦争後の青色申告制度の導入によるところが大きいと言われている。

 場面を筆者の研究室に戻そう。前述の学生の言葉に対して、筆者は「就職そのものに役立つかはわからないけれど、就職後仕事をする上で、簿記の知識は必要とされるよ」と答える。今日ではコンピューターによる会計システムで記帳するから、複式簿記の原理を知らなくても実務には対応できるかもしれない。しかし、ビジネスパーソンとしていずれ経営管理に携わるからには、その原理と有用性について理解した上で活用すべきであろう。

中村 将人(なかむら まさと)中京大学総合政策学部 准教授

会計史
北海道大学大学院経済学研究科博士課程修了(博士(経営学))
1987年生まれ

2018/09/19

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