水中文化遺産保護条とは
海の宝探しに及ぶ国際法の規制

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小山 佳枝 教授

 ここ数年の間に、日本の世界遺産登録件数は増え、本年も長崎の潜伏キリシタン関連遺産がユネスコの世界文化遺産に登録されたことは記憶に新しい。陸上の文化遺産に関しては、国際的に早くからその価値の法的保護の必要性が認識され、必要な措置が講じられてきた。

 他方、世界の海にも、陸と同様に人類の足跡を紐解く手がかりが数多く残されている。有名な海底遺跡の他に、特に法的に難しい問題を抱えるのが、世界に300万以上存在するといわれる難破船である。中には、金銀財宝を積んだまま海の藻屑と消えた大航海時代の船もあり、アゾレス諸島沖やカリブ海は、一攫千金を狙う民間ダイバー等による宝探しのメッカとなっている。 

 元来、船は広大な海を自由に往来することのできる物体として、国際法上特別の地位を与えられてきた。特に、いずれの国の管轄権も及ばない公海上においては、船は、それ自体が帰属する国の管轄権が及ぶとする、旗国主義の下に置かれる。この考え方は、今日まで数百年にわたり維持される国際法上の大原則であり、船をかつて「浮かぶ領土」とまで言わしめた。したがって、沈没船およびその積荷の所有権をめぐっては、その船の船籍、沈没海域、発見者の国籍等も考慮に入れる必要があり、複数の国の利害が関与する。また、国の領域主権が明確な領海とは異なり、それ以遠に存在する沈没船に対しては、複雑な国際法上の問題が生じる。

 こうした背景から、水中の文化遺産をいかに保護するかという課題に対して、国際社会は積極的に解決策を見出せないまま今世紀を迎えた。その間にも、沈没船は、商業目的による探査、発見、引揚げ―いわゆる盗掘によって危機にさらされ続けてきた。この状況を打開すべく、遂に2001年にユネスコで採択されたのが水中文化遺産保護条約である。

 この条約では、水中文化遺産を「少なくとも100年の間」水中にあるものと定義しており、それらは商業目的に利用されてはならない等の諸原則が定められる。また、領海を越えて存在する文化遺産に対しては、1982年の国連海洋法条約の下、国の領海外に設定された海域(接続水域、排他的経済水域、深海底等)ごとに保護措置が講じられている。

 この条約の締約国は現在60カ国に達するものの、日本を含めた主要な先進国による批准の見通しは立っていない。その理由の一つが、難破船の引揚げは、広大な海底を探査し発見するまでに莫大な費用と労力を要することから、発見者にある程度の権利が保障されなければ活動のインセンティブが奪われるというものである。遺産としての保護の必要性と、発見の経済的動機の間の均衡点をいかに見出すかは、条約の起草過程においても争われた点であり、依然困難な問題として残されている。

 わが国では、元寇船が眠る松浦市鷹島町の沖合海域が2012年に「鷹島神埼遺跡」として史跡に指定され注目を集めている。今後、この問題に対する国内での議論の高まりを期待したい。

小山 佳枝(おやま かえ)中京大学総合政策学部 教授

国際法、海洋法、国際環境法
慶應義塾大学大学院法学研究科後期博士課程単位取得退学
1974年生まれ

2018/08/27

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