教育を無償化するには
みなが納得するお話を

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大岡 頼光 教授

 私は大学院に入る前、製鉄会社の本社総務部で約3年働いた。仕事は常務会・取締役会の事務局、株主総会の営業報告書作成等だった。約30年前だが、様々な部署、製鉄所、支店、関連会社等をまとめ、人を動かすには、みなが納得できるお話が必要だということは今も忘れない。納得する物語を、社員も役員も懸命に作り出そうとしていた。

 いま私が研究する「教育の無償化」も同じだ。みなが納得できるお話を作り出さないと、人は動かない。

 少子高齢化が進み、今後は働き手不足が深刻化する。人口ピラミッド予想は2050年には逆ピラミッド型になる。多い老人を少ない現役で支えるには、多くの税収をうむ大卒がより多く必要だ。たとえ親が病気等で倒れても子が大学に行ける制度を、税を出し合い作らねばならない。親が保育や教育を負担する「家族主義」を止め、家庭が貧しくても子が可能性を最大限伸ばせる社会を構想すべきだ(拙著『教育を家族だけに任せない : 大学進学保障を保育の無償化から』二〇一四年、勁草書房)。

 副題のように大学より保育の無償化を優先すべきだ。①欧米の研究によれば、保育や小学校就学前の教育など、より幼い時に教育した方が、投資効果が高い。鉄は熱いうちに打て。少ない投資で幼児の能力は伸び、より多くの税収増が見込める。②子どもの立場からも、自分の可能性を追求する「やる気」が身につくよう、保育・就学前教育をまず充実すべきだ。貧困のため幼児期に保育や教育を受けられず、「やる気」もなく冷めて歪んだ子どもは大学進学を諦めがちで、大学無償化をしても意味が薄い。すべての子どもが「やる気」を身につけうる保育・就学前教育の充実をまず急ぐべきだ。女性が働ける状況を作り、労働力不足を補うという意義もある。

 一方、大学で学生諸君と接すると、奨学金という名のローンを借り、卒業時に数百万円の借金を背負う学生も多い。その状況を予想する貧しい高校生は、大学進学を諦め、就職しがちだ。彼らを救うには貧困な大学進学者に返済不要の奨学金を与えればよいのだが、財源がない。その財源のため、大学進学を諦めて就職した高卒者に増税するのは納得されないと考えてきた。

 だが、高卒者が職務上必要となった時、大学を安く利用できるシステムを、米国のように作ればよいのではないか。縁が無かった大学は、自分の収入を増やすものとなりうる。このとき始めて、高卒の社会人にも「大学無償化を進めるために税金を出し合う」というお話が納得できる可能性が出て来るだろう(拙論「保育・教育負担を親から社会へ:社会人大学生増で「税での新しいつながり」を」『中京大学現代社会学部紀要特別号』二〇一八年)。本学部の理念は、めざすべき社会を構想できる人材の養成である。社会の問題点を肌で知る社会人が本学部で学ぶことがメリットとなる社会を私はめざしたい。その実現には多くの方、特に社会人の方の納得が必要だ。ぜひご意見やご要望をお寄せいただきたい。

(4/5)中部経済新聞「オープンカレッジ」に掲載

大岡 頼光(おおおか よりみつ)中京大学現代社会学部 教授

社会学
大阪大学大学院人間科学研究科(後期課程)社会学専攻修了
博士(人間科学)
1965年生まれ

2018/03/29

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