危険物通知義務の新設
117年目の全面的見直し法案
新里 慶一教授
政府は、平成28年10月18日、「商法及び国際海上物品運送法の一部を改正する法律案」を閣議決定し、第192回国会(臨時会)に提出した(閣法第16号)。
法制審議会商法(運送・海商関係)部会は、明治32年商法典制定以来の「社会・経済情勢の変化への対応、荷主、運送人その他の運送関係者間の合理的な利害の調整、海商法制に関する世界的な動向への対応等の観点から」(法務大臣諮問第99号)、商法の運送・海商関係および国際海上物品運送法を全面的に見直すべく検討してきた。
法案の内容は、商法の表記を平仮名口語体にするとともに、航空運送・複合運送に関する規定の新設、運送人の責任に関する規定、船舶の衝突、船舶先取特権等に関する規定の整備等、広範囲に及んでいる。
注目すべき改正は、「危険物に関する通知義務」の新設である。第五七二条は「荷送人は、運送品が引火性、爆発性その他の危険性を有するものであるときは、その引渡しの前に、運送人に対し、その旨及び当該運送品の品名、性質その他の当該運送品の安全な運送に必要な情報を通知しなければならない。」と定めている。
現行法では通知義務は定められていない。しかし、従来、信義則上、荷送人が通知義務を負うと解釈されてきた。今回の見直しでは、危険物の種類が多様化していること、運送機関の大型化に伴い危険物の取扱上の過誤による損害が極めて高額になる可能性があることなどから、運送人の保護と危険物の安全な運送を担保するため、通知義務が規定されることとなった。
審議では、義務の履行確保のため、荷送人が義務に違反した場合には、荷送人が損害賠償責任を負うことを原則とすることに異論はなかった。検討に多くの時間を費やしたのは、責任の在り方であった。荷主団体や利用運送業者は、私法の原則の一つである過失責任主義を支持した。他方、実運送業者は、運送従事者の安全確保、実務や世界的潮流との整合性から、例外を認めず全ての場合で荷送人が責任を負う無過失責任主義を支持した。
審議の結果、利用運送業の実状、危険物の判断が困難な製品があること、消費者が荷送人である場合もあることなどから、無過失責任では重いとして、過失責任主義が採用されることになった。ただ、法案には責任規定が設けられていない。そのため、損害賠償責任は民法の債務不履行の規定により解決される。この規定によれば、運送人は、運送品である危険物であること、通知義務違反と損害との因果関係を立証すれば足り、荷送人は自己に過失(帰責事由)がないことを立証できない限り、免責されないと解される(第415条)。この解決は運送人と荷送人の利害の合理的調整に資するものである。
法案は、社会・経済情勢の変化に対応し、運送関係者間の利害を合理的に調整した内容であると評価できる。商法の一般法である民法改正案(平成27年3月31日提出)とともに早期の可決成立が強く望まれる。
新里 慶一 (にいさと けいいち) 中京大学 法学部教授
商法
中央大学大学院法学研究科博士課程後期課程単位取得退学
1961年生まれ
2017/02/10
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政府は、平成28年10月18日、「商法及び国際海上物品運送法の一部を改正する法律案」を閣議決定し、第192回国会(臨時会)に提出した(閣法第16号)。
法制審議会商法(運送・海商関係)部会は、明治32年商法典制定以来の「社会・経済情勢の変化への対応、荷主、運送人その他の運送関係者間の合理的な利害の調整、海商法制に関する世界的な動向への対応等の観点から」(法務大臣諮問第99号)、商法の運送・海商関係および国際海上物品運送法を全面的に見直すべく検討してきた。
法案の内容は、商法の表記を平仮名口語体にするとともに、航空運送・複合運送に関する規定の新設、運送人の責任に関する規定、船舶の衝突、船舶先取特権等に関する規定の整備等、広範囲に及んでいる。
注目すべき改正は、「危険物に関する通知義務」の新設である。第五七二条は「荷送人は、運送品が引火性、爆発性その他の危険性を有するものであるときは、その引渡しの前に、運送人に対し、その旨及び当該運送品の品名、性質その他の当該運送品の安全な運送に必要な情報を通知しなければならない。」と定めている。
現行法では通知義務は定められていない。しかし、従来、信義則上、荷送人が通知義務を負うと解釈されてきた。今回の見直しでは、危険物の種類が多様化していること、運送機関の大型化に伴い危険物の取扱上の過誤による損害が極めて高額になる可能性があることなどから、運送人の保護と危険物の安全な運送を担保するため、通知義務が規定されることとなった。
審議では、義務の履行確保のため、荷送人が義務に違反した場合には、荷送人が損害賠償責任を負うことを原則とすることに異論はなかった。検討に多くの時間を費やしたのは、責任の在り方であった。荷主団体や利用運送業者は、私法の原則の一つである過失責任主義を支持した。他方、実運送業者は、運送従事者の安全確保、実務や世界的潮流との整合性から、例外を認めず全ての場合で荷送人が責任を負う無過失責任主義を支持した。
審議の結果、利用運送業の実状、危険物の判断が困難な製品があること、消費者が荷送人である場合もあることなどから、無過失責任では重いとして、過失責任主義が採用されることになった。ただ、法案には責任規定が設けられていない。そのため、損害賠償責任は民法の債務不履行の規定により解決される。この規定によれば、運送人は、運送品である危険物であること、通知義務違反と損害との因果関係を立証すれば足り、荷送人は自己に過失(帰責事由)がないことを立証できない限り、免責されないと解される(第415条)。この解決は運送人と荷送人の利害の合理的調整に資するものである。
法案は、社会・経済情勢の変化に対応し、運送関係者間の利害を合理的に調整した内容であると評価できる。商法の一般法である民法改正案(平成27年3月31日提出)とともに早期の可決成立が強く望まれる。
新里 慶一 (にいさと けいいち) 中京大学 法学部教授
商法
中央大学大学院法学研究科博士課程後期課程単位取得退学
1961年生まれ
2017/02/10