「痛み」の原因に目を向ける
安静より運動を
倉持 梨恵子 スポーツ科学部講師
倉持 梨恵子講師 |
アスレティック・トレーナーとは、主にスポーツ選手を対象に、ケガやコンディション不良からの復帰をサポートし、その予防に携わる「支えるスポーツ」の担い手である。スポーツ選手にとって「ケガはつきもの」とされるが、中でも腰痛はどのスポーツでも起こる代表的な症状である。また、アスリートに限らず、腰痛に悩む日本人の数は約10人に1人であり、日本人の90%が一生に一度は腰痛を経験すると言われる。2015年の厚生労働省の調査によると日本の職場において発生するケガ(業務上疾病、負傷に起因する疾病)のうち、腰痛は年間4521件発生しており、全体の約85%を占めている。1975年には33%だったことから、職場においても解決すべき問題として重要度が高まっていると言える。
ところが、腰痛全体の約85%は、レントゲンなどの画像検査で腰に明らかな異常が見られない「非特異的腰痛」であるとされ、解決が難しい症状でもある。腰に痛みを訴えてくる患者に対し、まずは安静がすすめられ、痛み止めの薬や注射などの治療が行われる。また腰の筋肉をほぐすためのマッサージや鍼(しん)・灸(きゅう)などの治療も一般的であろう。
これに対し、近年では「痛い場所がその痛みの原因ではない」という考え方が、腰痛をはじめとする慢性的な痛みの解決の鍵となっている。たとえば、高いところにある物を取ろうとした時、肩が凝っていて腕が十分に上げられない場合、無意識に腰を反ってその物を取ろうとする「代償動作」が起こる場合がある。このような「代償動作」は身体に不適切な歪みを引き起こし、痛みの原因となる。この例の場合、肩の凝りや腕の上がりを根本的な問題として解消しない限り、腰への歪みや痛みは解決されない。腰に対する治療やケアは対症療法に過ぎず、再び動けば痛みが再発してしまうのである。
このような痛みの解決を、心理学においてストレスに対処(=コーピング)するための方法に当てはめると、よく理解することができる。1つは「情動焦点型コーピング」といい、負の感情をためこまないために、食べる、寝る、買う、歌う、動くなど、自分にとって有効なストレス発散の手段を講じることである。これを先ほどの腰痛に関連させると、安静にしたり、痛み止めを飲んだり、腰をほぐしたりという対症療法的なアプローチに通じる。
一方で、「問題焦点型コーピング」とされる方法は、何がストレスの原因として問題になっているかに向き合い、その問題そのものを解消することで解決しようとする試みである。激しいトレーニングや同じ動作を繰り返すスポーツ選手の慢性的な痛みは、そこに歪みを与えている他の問題に目を向けることで解決の糸口が見つかることが多い。
運動不足は運動によって解消されるが、運動で起こった痛みも運動で解決できる。このように運動の仕方に目を向け、運動によって痛みを解決しようとするアプローチは、副作用のない治療薬と言っても過言ではないかもしれない。
倉持 梨恵子 (くらもち りえこ) 中京大学 スポーツ科学部講師
アスレティック・トレーニング
早稲田大学大学院人間科学研究科
博士(人間科学)
1976年生まれ