リオ・パラリンピック開会を前に
アダプテッドスポーツの理念
桜井 伸二 スポーツ科学部教授

j sakurai.jpgのサムネール画像 
桜井 伸二教授

 リオデジャネイロ・オリンピックの卓球競技女子団体1回戦のダブルスで、日本チームの福原・伊藤組と対戦したポーランドのパルティカ選手は左腕の肘から先が無く、肘に置いたボールを投げ上げてサーブを打っていた。また開会式のイランの旗手はアーチェリー代表のネマティ選手が車いすに乗って務めた。彼女たちはオリンピアンであるとともに、ロンドンパラリンピックの金メダリストでもある。

 障害の部位や程度のわずかな違いで身体能力には非常に大きな個人差が生じる。この事実は動かしがたい。しかしながら国枝慎吾選手の車いすテニスのプレーや1時間20分14秒という車椅子マラソンの世界記録(1999年大分国際車椅子マラソン、フライ選手)などによりスポーツで発揮される障害者の素晴らしい能力を知ると、そもそも健常者と障害者という二大別にどれほどの意味があるのか疑問に思えてくる。

 英語で「障害者」にあたる言葉として古くは「handicapped」が一般的であった。その後「impaired」や「disabled」が用いられるようになった。国際的にはそうした言葉自体を使わなくなりつつある。近年では「障害者スポーツ」に代わる言葉として「アダプテッドスポーツ」が提唱されている。

「アダプテッドスポーツ」とは、障害者ばかりではなく、高齢者や子ども等が参加しやすいように修正された運動やスポーツ、レクリエーション全般を指す言葉で、本来は1人1人の発達状況や身体特性に適合(アダプト)させたスポーツという意味である。その理念は、障害を持つ人がスポーツを楽しむためには、その人自身と周囲の人々や環境の全てを統合したシステム作りこそが大切であるという考え方である。すなわち、障害(impairment)が社会的不利(handicap)とならないようにする努力は二つの方向からなされるべきである。一つは「障害による能力不足(disability)」そのものを改善する努力であり、もう一つは「能力不足すなわちハンディキャップ」とならしめている社会環境を改善する努力である。

 前者は体力を向上させること、すなわちトレーニングに相当する。後者はより多くの人がスポーツに親しむ機会を持てるように環境を整備することである。バレーボールやバドミントンのラリーポイント制への変更やバスケットボールの3点シュートの採用に見られるように、スポーツのルールは選手や観客の興味がより高められるよう適宜改変される。柔道などの体重階級制も同様である。スポーツのあり方を少し変えて(アダプトさせて、適合させて)全ての人にとってさらに面白く平等に楽しめるようにしようというのが「アダプテッドスポーツ」の考え方である。

「障害者スポーツ」というジャンルがきわめて特殊なものとして存在するわけではない。全てのスポーツにおいて、個人の能力や必要性に応じたルールが工夫され、またそれらに応じたクラス分けで競技が行われている。そこでは「障害者という集団」は消失し、障害は「能力の個人差」に過ぎなくなる。障害者の中にも健常者の中にも同様に個人差がある。個々の存在を尊重することが「アダプテッドスポーツ」の理念である。

 

 

桜井 伸二 (さくらい しんじ)  中京大学 スポーツ科学部教授

スポーツバイオメカニクス
東京大学大学院(教育学研究科)中退
博士(教育学)
1955年生まれ

<

2016/09/05

  • 記事を共有