対面販売の喜びを取り戻す
市場(いちば)の楽しみをもう一度
中西 眞知子 経営学部教授

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中西 眞知子教授

 伊勢志摩サミットでは、乾杯酒や真珠への関心が高まったという。おはらい町、おかげ横丁などの商店街も国内外の観光客で賑わったであろう。筆者もそうだが、旅の大きな楽しみの一つに市場めぐりがある。

 見田(2006)は異国で一番面白いのは市場で、会話の長さは賭けられている金額の割に合わないという。マクミラン(2002=2007)は、世界中で政府の抑圧や警察官の暴力にも屈せず市場が生まれ、市場取引を特徴づけるのはその自律性であるという。

 市場とは「交換の場」で、古代ギリシャのアゴラにその源を発する。アテネに財宝や奴隷が集中し、必要以上に所有するようになって交換活動が始まった。「集まりとしてのアゴラ」は都市の意思決定が行われる政治的中心で、「市場としてのアゴラ」は人々の欲望を満たす財が交易される経済的中心で、当初は二つのアゴラが同じ場所を占めていた。欧州の都市では、今でも広場と市庁舎と教会とが隣接している。アゴラは単なる市場を越えた街の中心で、運動競技、政治的集会、演劇、宗教行事の行われる場所でもあった。このような市場の原型を踏まえて、歴史や文化の背景を背負った市場が、世界各地で発達した。

 伝統的な市場の多い英国では、コベント・ガーデンは、その名が示すように、修道院(covent)の庭であった。イタリアの建築様式の影響を受けて、広い庭を壮麗な建物で囲む設計がされている。ロンドン大火でシティ東部の市場が被害を受けた後、ロンドン最大のマーケットに成長していった。今では、手作りノートの店や有機栽培の香水の店など魅力的なスツールが並び、さまざまなパフォーマンスに人々が集う。修道院の庭という文化的遺産を継承してクラシックで愛らしい手作り品が並び、世界中の観光客を呼び寄せ、地元客も足を運ぶ。

 わが国でも、築地本願寺と隣接する東京築地市場では、まぐろの解体が海外の観光ガイドブックに掲載され、場外市場に外国人観光客が集まる。かつて天領との間に黒い山門があったという大阪黒門市場では、豆腐屋が豆乳の自販機を置き、魚店が店先で食べる人のために椅子とテーブルを備える。英語、仏語、中国語を話すコンシェルジェが外国人観光客を案内している。

 近年インターネットによる広告や販売が急増して、実店舗は押されがちである。が、インターネット調査(東京・名古屋・大阪2009年3月実施)によれば、「ネット上の市場が楽しい」(39%)という比率は「街の商店街や市場が楽しい」(71%)という比率には及ばない。消費者は、市場での対面販売の楽しさを十分認識しているのである。

 パソコンでバスケットに商品を入れる買い物よりも、青空の下、売り手と買い手が会話や遊びとともに行う売買のほうがはるかに楽しい。夏祭りを控えて、市場の原型に帰ることで、自由で豊かなコミュニケーション空間、取引空間が広がり、それが次世代へと引き継がれていくのではないか。

 

中西 眞知子 (なかにし まちこ)  中京大学 経営学部教授

マーケティング・消費社会論
大阪大学大学院国際公共政策研究科博士課程修了
博士(国際公共政策)

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2016/06/29

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