国際教養学部の渡邊航平准教授らの研究グループが戦略的イノベーション創造プログラムの成果を論文発表
加齢にともなう筋力低下における神経的メカニズムの一端を明らかにすることに成功

 中京大学国際教養学部(体育系列)の渡邊航平准教授らは、高齢者の運動神経活動が若齢者と顕著に異なるパターンを有していることを明らかにし、そのパターンと高齢者の最大筋力との間の関係性を見出すことに成功しました。この成果は2016年4月12日付でAmerican Aging Association発行の学術雑誌「AGE」に掲載されることが決定しました。

 

【研究背景】

 高齢者における筋力低下は、日常生活動作を制限し、いずれは要支援や要介護状態を引き起こす要因となります。筋力を規定する要因として、主に形態的要因と神経的要因が挙げられます。前者は筋肉の量、後者は筋肉の働きを制御する運動神経の働きであり、より大きな量を持った筋肉を上手に使えるかが筋力を左右すると考えられます。形態的要因は磁気共鳴画像法(MRI)、超音波画像法、生体電気インピーダンス法などによって定量的な評価が可能であるため、加齢にともなう筋力と筋肉量の変化がこれまで多くの研究で調べられてきました。一方、神経的な要因は定量的な評価が難しく、加齢にともなう変化を評価した研究は非常に限られていました。

 しかしながら、近年の研究(Mitchell et al. 2012 Front Physiol)では、高齢者における筋力低下が年間2.5~4.0%なのに対して筋肉量の低下は0.3~1.0%であることから、「加齢にともなう筋力低下は筋肉量の低下のみでは説明できない」といった指摘がなされています。つまり、筋肉量以外の要因が加齢にともなう筋力低下に強く影響している可能性が高く、1つの要因としては上述した運動神経の働きといった神経的要因が考えられます。

 我々の筋肉は運動神経によって支配され、その動きを制御されています。1つの運動神経は複数の筋線維に接合しており、1つの筋肉であっても数百本の運動神経が接合しています。運動神経とその支配下にある筋線維は「運動単位」と呼ばれ、我々が出す力の大きさは、運動単位の数とその興奮性の大小によって調節されています。例えば、握力計を全力で握る時と紙コップを握る時は似たような筋肉が働きますが、握力計を全力で握る時に比べて紙コップを握る時は少ない数の運動単位が小さい興奮性で活動しているわけです。この運動単位の活動パターンを直接的かつ定量的に評価する唯一の方法は、筋内筋電図法です。筋肉の中にワイヤ型もしくは針型の電極を挿入して筋肉に伝播する運動神経の電気的活動を記録します。この方法は侵襲(身体を傷つける)的であるため、高齢者を含めた多くの人々に利用することは難しく、ヒトの運動単位の活動パターンを詳しく調べた研究は限られていました。

 2000年頃からイタリア・スロベニアの研究グループが中心となって、非侵襲(身体を傷つけない)的に運動単位の活動パターンを記録する画期的な方法が開発され、普及し始めました。当時、京都大学で研究に従事していた渡邊准教授はイタリア・トリノ工科大学でその技術を学び、2013年には2型糖尿病患者における特異的な運動単位活動パターンを世界で初めて明らかにしました。今回の研究成果は、この技術を高齢者に応用したものだと言えます。

【研究概要】

 本研究では高齢者14名および若齢者15名を対象に、膝関節を伸ばす運動(キックするような運動)を行っている際の太ももの前の筋肉の皮膚表面から筋電図(筋肉に伝播する運動神経の電気的活動)を記録し、特殊な解析アルゴリズムを用いることで、運動神経の活動パターンを評価しました。実験は中京大学八事キャンパスで実施し、解析はスロベニアのマリボル大学で行いました。

 図1左は若齢者1名の解析結果です。横軸に力の大きさを示しており、縦軸には1つ1つの運動単位の発火頻度(興奮性)を示しています。発揮する力を大きくするのに伴って活動を始める運動単位の数が増えるとともに、1つ1つの運動単位の発火頻度も増加する様子が観察できます。ここでは活動が始まった筋力の大きさによって運動単位を3つに色分けして示していますが、小さい筋力で活動が始まった運動単位(赤色もしくは青色)は、大きい筋力で活動が始まった運動単位(青色もしくは緑色)と比べて、高い発火頻度であることがわかります。これは、たまねぎの皮のような構造をしていることからOnion Skin Phenomenon (De Luca et al. 1982 J Physiol)と呼ばれている現象です。一方、図1右に示した高齢者1名のデータでは、発揮する力を大きくするのに伴って活動を始める運動単位の数が増え、1つ1つの運動単位の発火頻度が増加する点で若齢者と同じ様なパターンが観察されますが、発火頻度の増加が小さく、異なる筋力で活動が始まった運動単位の間において若齢者のような発火頻度の違いはありませんでした。

 図2には被験者全員の平均データを示しましたが、図1に示した1名分の典型例と同様に高齢者では発火頻度が低く、異なる筋力で活動が始まった運動単位の発火頻度に差異がない、といった特徴が見出されました。

 図3には運動単位の発火頻度と最大随意筋力(その人が最大で発揮できる100%の力の大きさ)との関係を示しています。運動単位の発火頻度は最大筋力の20%以下で活動が始まった運動単位の最大筋力の60%におけるものであり、この研究内で最も発火頻度が上がった時点です。このデータでは、高齢者において最大随意筋力が大きい人ほど運動単位の発火頻度が高いという強い関係性が見られましたが、若齢者ではそのような関係性は観察されませんでした。このことは、加齢にともなう筋力低下の規定因子として、運動単位の発火頻度といった神経的要因が強く関与している可能性を示しています。

 以上の結果から、高齢者ではOnion Skin Phenomenonが崩壊するといった特徴的な運動単位の発火パターンを有すること、最大随意筋力と運動単位発火頻度には非常に強い関係性があることが明らかになりました。これまでブラックボックスのような状態であった加齢にともなう筋力低下における神経的メカニズムの一端を垣間見ることができたと考えています。

図1  図2
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図3
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【今後の展開】

 現在、渡邊准教授は内閣府「戦略的イノベーション創造プログラム」というプロジェクト研究の一員として「運動・身体機能維持を促す次世代機能性食品の創製」という研究課題を東京大学、京都大学をはじめとする国内17研究機関とともに進めています。この研究課題では食品機能研究者と運動医科学研究者が協働的に研究を展開し、栄養摂取と運動トレーニングの両側面から高齢者の歩行機能や筋力の低下を抑制するための方策を考案することを目的としています。今年度は、5年間のプロジェクトの3年目にあたり、高齢者の運動機能が運動トレーニングの実施と機能性食品の摂取によってどのように変化するかの検討を始める予定となっています。この運動機能の評価において、形態的要因とともに神経的要因を評価する事が渡邊准教授の研究チームの特徴となっており、今回の成果によって測定方法が確立されたとともに今後の介入研究のベースとなるデータが得られたことになります。

また、非侵襲的な手法であることからアスリートや子どもなど広い対象者に対して、これまで明らかにされていなかった筋力や運動パフォーマンスにおける神経的要因の影響を定量的に評価する研究を進めることも計画しています。

 

【発表論文の詳細】

掲載雑誌:AGE (Official journal of American Aging Association)

論文タイトル:Age-related changes in motor unit firing pattern of vastus lateralis muscle during low-moderate contraction

著者:Kohei Watanabe, Aleš Holobar,Motoki Kouzaki, Madoka Ogawa, Hiroshi Akima, Toshio Moritani

 渡邊航平(中京大学 国際教養学部)、Aleš Holobar(マリボル大学[スロベニア]),神﨑素樹(京都大学大学院 人間・環境学研究科)、小川まどか(名古屋大学 総合保健体育科学センター)、秋間 広(名古屋大学 総合保健体育科学センター)、森谷敏夫(京都大学大学院 人間・環境学研究科)

 

研究成果が掲載された「AGE」はAmerican Aging AssociationのOfficial journalであり、老年学、老年医学の分野において非常に高い信頼と権威のある雑誌です。

本研究は内閣府「戦略的イノベーション創造プログラム」、文部科学省「科学研究費補助金・若手研究B」、スロベニア研究庁の研究助成を受けて実施されました。

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国際教養学部渡邊航平准教授

 

2016/04/18

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