安全とコミュニケーション
風通しのよい率直な社風を
尾入 正哲 心理学部教授

 
尾入 正哲教授

 高速バスの大事故で多くの若い命が失われたことは記憶に新しいが、運輸業界だけでなく製造業などの多くの企業で安全文化・安全風土の構築が課題とされている。安全文化は「社内全体で安全に対する高度な意識が共有されている状態」であるといえるが、考え方自体が抽象的なものであるために、安全文化を具体的にどう作り上げていくかは、いま一つわかりにくい。

 安全文化が形成され社内全体の雰囲気や社風として人々に共有されていく過程は、組織内の人々の相互のコミュニケーションの中にあることは間違いない。これまでに考案された組織の安全文化を評価するための項目リストを見ても、コミュニケーションに関わる項目が多くあげられている。安全文化の達成点は何かという理想像をあれこれと考えることは当然大切なのだが、まずは文化や風土を作り上げる社内のコミュニケーションの具体的な問題点を見直すことも必要だと思われる。

 組織内のコミュニケーションには、さまざまな役割を持ったものが存在する。上司から部下への命令的な伝達もあれば、会議や打ち合わせのような意見交換もある。いずれにしろ、率直で裏表のないコミュニケーションが健全な組織風土を作り上げる事に異論はないだろう。安全文化の不可欠な要素として「風通しのよいコミュニケーション」が重要視される理由もここにある。

 組織内のコミュニケーションにひそむ問題点は多くあるが、その一つに「属人思考」という組織体質の影響があるとされる(岡本浩一「権威主義の正体」PHP新書)。属人思考とは、誰がするか、誰が言っていることなのかというように、内容よりも人に関する情報を重視する傾向である。

 例えば、あいつは仕事ができないから彼の言う事は無視しようとか、あの上司は厳しいから失敗は表現を穏やかにして言おうというように、内容自体の正否ではなく、相手によってコミュニケーションの内容や表現を変えるような風土である。日常的に言う「相手の顔色をうかがって」行われるのが属人思考的コミュニケーションである。

 もちろん、これは組織内の人間関係に配慮して行われることではあるが、結果的に正確な情報が伝わらなかったり、情報の過大・過小評価がなされやすいという点で、特に安全に関する情報伝達では無視できない危険をはらんでいる。

 また、属人主義は不祥事の隠ぺいといった組織的な不正や規則違反を助長することが指摘されている。コンプライアンスという言葉が重視されていることからもわかるように、不可抗力の面があるヒューマンエラーに増して、組織的なルール違反が世間の注目を集めている現代では、属人的でなく内容の当否を重視したコミュニケーションを促進することが、安全文化や世間に信用される社風を育てる上で必須であることはいうまでもない。

 【略 歴】

尾入 正哲(おいり まさあき) 中京大学 心理学部教授

産業心理学・認知心理学
京都大学大学院文学研究科心理学専攻博士課程中退
文学修士
1957年生まれ

 

2016/02/16

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