交通事故死者の約6割は高齢者
運転で、生きがい意識の向上も
向井 希宏 心理学部教授
向井 希宏教授 |
新年の警察庁の発表によると、昨年の交通事故による死者数は4117人で前年より4人増え、15年ぶりに増加に転じた。65歳以上の高齢者の死者は、2247人で、前年比54人増となり、歩行中の事故が多いのが特徴である。愛知県においても、死者数は前年より9人増の213人となり、「ワースト」の汚名返上はならなかった。65歳以上の高齢者が、122人で全体の約6割を占め、交差点内の事故が約半数を占めたという。政府は2011年の交通安全基本計画で2015年までに年間の死者数を3000人以下にする目標を立てており、抜本的な対策の見直しが必要になった。
このように、高齢者の死亡が依然多いことは明らかであるが、対策はそう簡単ではない。高齢者は生理的な能力低下は大きいにもかかわらず、自分の運転ぶりに強い自信を持っている。高齢ドライバーは本当に危ないのか、という問題は慎重に検討する必要があるが、安全確保のためには、地道な教育活動が必要と考えている。この点、行政や警察も、地域の自動車学校と連携した講習会の開催や老人会を回っての講習の実施など、さまざま努力はしているが、組織に属していないために講習の機会が得られない高齢者も多い。各自動車メーカーも、安全運転支援システムが標準装備された車種を売り出すなど、高齢者の安全を目指す取り組みは推進されている。
昨年、一昨年と、豊田市の中山間地域居住の高齢者を対象に、アンケートや聞き取り調査を行う機会があった。中山間地域とは、平野の外部から山間部を指す。山地の多い日本では、中山間地域が国土面積の約7割を占め、将来的な存続が危惧される集落の存在や鳥獣害の頻発、担い手不足による耕作放棄地の拡大、公共交通の縮小などの問題があり、自ら自動車を運転できない高齢者や障がい者、通学児童などが不利益を被る。
自動車を運転している高齢者は、推定活動量が大きい。また、生きがいと車の運転との関係をインタビューによって調べると、生きがい総得点が高い人は、自動車を運転する人である。生きがい意識とは、「現状の生活・人生に対する楽観的・肯定的感情と、未来への積極的・肯定的態度、および、社会との関係における自己存在の意味の肯定的認識から構成される意識である」と定義される。運転することで行動範囲は広がり、やりたいことが実現できることが関係している。運転する人の方が趣味の数が多く、「楽しみ」が増えることで「生きがい」意識も増すようである。
日本では高齢化が進み、高齢者が生き生きと元気に生活できる地域づくりが求められている。元気な高齢者には自動車を許容することが必要かもしれない。地域の生活実態に合ったサービス展開のため、自動車の運転に必要な身体能力や認知能力の厳密な評価方法を確立し、その基準を下回る高齢者には、免許の返納を求める仕組み作りも必要となろう。労働力不足が叫ばれる中、経験の豊富な高齢者の有効活用も考える必要がある。私たちの生活をより安全・快適にという目標を今後も追い求めたい。
【略 歴】
向井 希宏(むかい まれひろ) 中京大学 心理学部教授
産業心理学・交通心理学
大阪大学大学院人間科学研究科博士後期課程単位取得満期退学
1953年生まれ