条例化の利点と今後の課題
地方自治体の公文書管理
桑原 英明 総合政策部教授
桑原 英明教授 |
わが国では、平成21年に制定された公文書管理法が、平成23年から完全施行されている。同法の要は、国の行政機関等が作成した文書を、公文書として保存・管理し、さらには廃棄あるいは特定歴史公文書として永年保存する文書管理のライフサイクルを制度的に確立することにある。公文書管理法の制定以前は、各省庁等の文書管理規則にしたがって行政文書を管理していた。あくまでも行政職員の執務文書の保存・管理・廃棄という観点からの制度であった。しかし、同法の施行によって、「公文書等が、健全な民主主義の根幹を支える国民共有の知的資源(前文)」と位置付けられたわけである。ただし、同法が適用されるのは国の行政機関等が中心で、地方自治体に対しては努力義務を課しているのみである。
もちろん分権型社会をめざしているわが国では、中央政府が地方自治体を管理する仕組みとして集権的に公文書管理の徹底を図ることは、その趣旨にそぐわないことは確かである。他方で、わが国の地方自治体の実情は実に多様で、先進的な公文書管理条例を制定し、独立した公文書館を整備している自治体(大阪市、札幌市など)もあれば、依然として内部的な文書管理規則に基づき、庁内の各部署共有の文書庫で行政文書を管理している自治体があることも事実である。こうした実情を知れば、公文書管理法で全国一律的に文書管理を規定することはほとんど不可能であることも理解できる。
また、公文書管理法では、現用の行政文書としての役割を終え、非現用文書として永年保存する特定歴史公文書は、歴史的・文化的価値を有する文書であるという理解が強いために多くの自治体にとっては、国の行政機関や歴史の長い自治体にとっては、当該文書を永年保存する仕組みは不可欠であるとしても、歴史の浅い自治体にとっては条例化を図るメリットは大きくないし、さらには、現在の行政改革と財政緊縮の時代に独自の公文書館を建設することは、議会や住民の合意を得ることは容易なことではない、といった関係者の声が聞こえてくるのも確かである。
それでは、この問題は現状のままで良いのであろうか。私たちが地方自治体の公文書管理の実態を調査し始めた大きな理由は、平成の大合併の嵐のなかで、編入された旧自治体の公文書が次々と廃棄され、あるいは旧庁舎に雑然と放置されている姿を垣間見たことにあった。また、調査を進めるなかで、前例のない介護保険事業の導入に係る公文書を保存年限が3年という理由だけで当たり前のように廃棄している自治体もあれば、その導入に当たって多くの関係者の英知が費やされたことから、後々の人々に過去の記憶をとどめる選択をした自治体もあった。ひるがえって地域の経済や産業を将来振り返りたいと考えた時に、公文書の管理だけでは十分ではないことに気付く。事業継承を断念した貴重な企業アーカイブズを誰がどのように保存するべきであろうか。疑問は尽きない。
【略 歴】
桑原 英明(くわばら ひであき) 中京大学 総合政策学部 教授
行政学・地方自治論
慶應義塾大学大学院法学研究科博士課程修了
法学修士
1958年生まれ