少子高齢社会だからこそ教育
医療政策のジレンマと教育改革
大森 達也 総合政策部教授

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大森 達也教授

 医療技術の向上と人間ドックなどの予防医療の充実によって、わが国は高齢社会となってきている。2013年の簡易生命表(厚生労働省)によれば、平均寿命は男性で80.2歳、女性で86.6歳と推計されている。さらに、2014年度の厚生労働白書によれば、2011年の日常生活が制限されることなく健康に生活できる平均健康寿命は男性70.4歳、女性73.6歳で ある。平均寿命と平均健康寿命の間は高齢者が何らかの医療機関にかかっていることを意味しており、医療技術の進歩と予防医療は高齢者医療と年金・介護などの社会保障負担のさらなる増加を生み出している。このような政策による人口構造の変化は政府にとって「医療政策のジレンマ」とも言える。

 他方、2015年度の少子社会白書によれば、わが国における合計特殊出生率は1.43であり、現在の人口水準を維持するための出生率(人口置換水準)の2.07を大きく下回っており、少子社会を生み出している。

 社会保障給付を必要とする高齢者の増加に対して、子どもの数と現役世代が減少するために社会保障負担者の減少しており、わが国の社会保障制度の持続性の問題を引き起こしている。現役世代に社会保障負担のさらなる増加を求めるだけでなく、社会保障給付の見直しも絶えず行われていかなければならない状況にわが国はある。

 余命が延びることは引退後の生活に備えた貯蓄を増やさなければならない。しかし、現役世代は自らの引退後に備えた貯蓄を行いながら、子どもの出産・育児を考えなければならない。子どもを持つこと、育てることには喜びも伴うが資金も必要である。欧米とは異なり、わが国では多くの子どもが学習塾やスポーツクラブに通学するために、多額の教育資金が子どもを持つことにより発生する。例えば、2009年の文部科学白書によれば、幼稚園から高校までが公立学校に在籍し国立大学の自宅生の場合、大学卒業までに平均約838万円の教育費がかかり、幼稚園から大学まで私立学校に在籍する下宿生の場合は平均約2453万円である。子どもへの育児教育支出と将来の生活のための貯蓄の間での選択が現役世代は難しくなり、子どもを持つことの動機が低下する。医療の充実がわが国の少子社会を生み出す一因ともいえる。

 なぜ親は子どもを学習塾などに通学させるのだろうか。高校までの学校教育を親は信用しておらず、学校外に教育を求めているのではないだろうか。教育資金を軽減させるためには学校内の教育改革が必要であり、そのことによって教育費が軽減し、自らの貯蓄を増やし、子どもをもう一人欲しいという動機が生まれる。社会保障給付の減額を自らの貯蓄で補えるようになり、医療政策のジレンマがあったとしても自らの貯蓄により引退後の生活を享受できる。少子・高齢社会だからこそ、高齢者への社会保障政策だけでなく、子どもたちへの教育改革が不可欠である。

 

【略 歴】

大森 達也(おおもり たつや) 中京大学 総合政策学部 教授

マクロ経済学・公共経済学
名古屋大学大学院経済学研究科満期退学
博士(経済学)
1968年生まれ

2015/10/12

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