改正民法の趣旨と学理的課題
見えないルールの透明化に限界
上田 貴彦 法学部准教授
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上田 貴彦准教授 |
実に約120年ぶりの大幅な民法(債権法)改正が間近に迫ってきた。法制審議会民法部会として開かれた計100回近くに上る会議(3つのステージで5年以上)の成果として改正要綱案が示され、すでに閣議決定を経て国会にも提出されている民法改正法案であるが、先行する安保法案の国会審議難航の煽りを受けて、その審議は次期国会に持ち越されることとなった。そのため、2015年成立の2018年施行という見通しは少し後倒しになりそうだが、内容面ではそれほど大きな修正はないものと思われる。要綱案が示す改正項目は、ここで紹介しきれないほど多岐にわたっているが、なかでも、解除の要件の変更や、消滅時効期間の統一、法定利率の見直しと利率変動制への移行などは、実務にも大きな影響を与えそうである。
そもそも今回の民法改正へ向けた取組みは、①現民法制定以来の社会・経済の変化への対応を図り、②国民一般にわかりやすいものとするという目的から始まった。現民法が制定されたのが明治19年であることを想うと、社会情勢の変化は著しいものがあり、それほど昔に作られたルールがこれまで大きな支障なく通用してきたことのほうが驚きである。もっとも、現民法の条文だけで社会の変化に十分対応してこられたわけではない。膨大な判例法理や学説による解釈学の積み重ねこそが、法と社会の間に生じた隙間(不都合)を埋めてきたことは言うまでもないが、その一方で、法律の条文には書かれていない解釈論が民法の難解さの一因にもなっている。そこで、それらを明文化することで透明性を高め、国際取引などでも準拠法として用いられやすいわかりやすい民法にアップデートしようというわけである。
初期に構想された改正案は、改正に積極的な学者の学理的価値観が色濃く出たものであり、従来の民法の基本理念や契約に対する考え方を根底から覆すほどスケールの大きな展望が描かれていたが、実務家や一部の学者らからは批判が強く、審議が進む中で賛否両論様々な意見を受けながら、改正案は次第に丸みを帯びていった。最終的には、ある意味で斬新な理念や契約観はほぼその姿を消し、良くも悪くも無難なものに落ち着いている。判例法理として確立された契約交渉の不当破棄や契約締結過程における情報提供義務など、条文化が期待されながら実現に至らなかったものも散見される。また、争いのある論点や契約法以外の領域は改正対象とはされず、これまでどおり解釈運用に委ねられており、存在しつつも見えないルールの支配に変わりはない。
法典によるルールの透明化には本来的に限界がある。いつの時代も新たな法律ができると、またそこに新たな解釈が生まれる。条文は変わらずとも法は時代とともに常に変化していく。改正民法についてもすでに学理的問題が指摘され始めている。法典自体のわかりやすさも然る事ながら、解釈による理論面での精緻化と、それをわかりやすく伝える専門家の技量も一層求められてくるだろう。
【略 歴】
上田 貴彦(うえだ たかひこ) 中京大学 法学部 准教授
民法
同志社大学法学研究科博士課程(後期課程)単位取得満期退学
1980年生まれ