営業秘密の法的保護
秘密管理体制整備の重要性
小嶋 崇弘 法学部准教授

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   小嶋 崇弘准教授

 近時、不正競争防止法における営業秘密保護法制に対する注目が高まっている。その背景には、新日鐵住金が有する方向性電磁銅版に関する製造技術を、同社の元技術者を通じて韓国のポスコが不正に取得・使用したかが争われている事件など、大規模な営業秘密関連訴訟が相次いで生じていることがある。これらの事件が契機となり、2015年7月3日、営業秘密の不正利用行為に対する抑止力を高めることを目的とした不正競争防止法改正案が第189回通常国会において成立した。

 もっとも、従前の裁判例を分析すると、中小企業の元従業員が、独立または転職のために退職する際に、営業情報又は技術情報を不正に取得し、新たな所属先で不正に使用・開示したという事案が大半を占めている。

 原告となる企業が法的保護を受けるためには、対象となる情報を秘密として管理している必要がある。特に人的資源の制約がある小規模企業の場合、秘密管理体制が不十分とならざるを得ない場合があり、結果的に原告の請求が棄却された事例は少なくない。そのため、企業にとっては、従業員の在職中の待遇を整備し紛争の発生を未然に防止することに加えて、万一の場合に法的保護を受けることができるように、媒体へのマル秘表示やコンピュータのパスワード設定、立ち入り制限等の手法により秘密管理に関する一定の自助努力を行うことが重要となる。

 では、どの程度の秘密管理体制を整えれば法的保護を受けることができるのか。裁判例の傾向は常に一貫しているわけではないが、情報に接する者(従業員など)にとって、当該情報が秘密として管理されていることが認識可能であったか否かを基準とする立場が現在の主流である。

 企業にとって参考となるのが、経済産業省が策定する『営業秘密管理指針』である。同指針は法的拘束力を有するものではないが、秘密管理の具体的な方法を示すものとして実務的には重要性が高い。従前の指針は、啓発の意味を込めて、実際の裁判例で必要とされる以上の高度な秘密管理体制を敷くことを中小企業に対しても一律に要求するような書きぶりとなっており、学説による批判の対象となっていた。そこで、2015年1月の全面改訂により、法的保護を受けるために必要な最低水準の対策を示すものに改められた。

 有用な情報を秘密として管理する企業の自助努力を法的に支援するという法の趣旨に照らすと、秘密管理体制が全くずさんな場合にまで保護を認めるべきではない。他方で、中小企業に対して大企業と同等の厳格な秘密管理体制を敷くことを一律に要求すると、少数の従業員間の阿吽の呼吸を活かし、業務の効率性を高めるという中小企業の強みが減殺されてしまうおそれがある。したがって、従業員等にとって当該情報が秘密として管理されていることが明らかとなる程度の秘密管理体制が構築されていれば法的保護を認める、近時の裁判例の傾向は妥当であるといえる。

 

【略 歴】

小嶋 崇弘(こじま たかひろ) 中京大学 法学部 准教授

知的財産法
北海道大学大学院法学研究科博士後期課程修了・博士(法学)
1983年生まれ

2015/08/31

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