進展する会計基準の複線化
経営管理の視点で選択すべき
吉田 康英 ビジネス・イノベーション研究科教授
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吉田 康英教授 |
企業の成績表である財務諸表の作り方・見方に関する会計は、重要とわかっていても、苦手意識から他人まかせとする経営者が意外と多い。国も同様であったが、安倍政権のもと、2014年6月24日に閣議決定された「『日本再興戦略』改訂2014」において、「IFRS(国際会計基準)の任意適用企業の拡大促進」が明記された。会計基準が閣議決定レベルで取り上げられたのは、これが初めてであろう。
国際会計基準は、欧州連合を含む100以上の国及び地域で採用されており、日本でも連結財務諸表について任意適用が認められている。日本企業による国際会計基準の導入機運は、2010年3月期からの任意適用の開始で盛り上がったが、その後の東日本大震災等の影響で一旦低下し、最近になって再び高まりつつある。2015年3月時点において、国際会計基準を採用する上場会社は75社、全上場会社の株式時価総額の19%を占めている。日本会計基準も、国際会計基準と無関係ではなく、両者間の差異を解消する作業が続いている。
この動きは、中小企業の会計にも影響を及ぼしている。国際会計基準は、基本的に上場会社等の大企業を想定しており、中小企業では対応が困難な点が多い。かねてから、中小企業は、実態に応じて日本会計基準を弾力的に適用してきた。しかしながら、国際会計基準のあおりを受けて日本会計基準が複雑化した結果、手に余る内容になった観がある。そのため、関係団体から「中小企業の会計に関する指針」(中堅企業向け)、「中小企業の会計に関する基本要領」(中小・零細企業向け)等、中小企業を意識した会計基準が公表されている。
したがって、現在の会計基準は、上場会社等の大企業向けと中小企業向けの2系列であり、前者の連結財務諸表については日本会計基準、国際会計基準、米国会計基準のほか、近い将来に日本の主張を反映した修正国際会計基準が加わると4つになる。中小企業向けには前述の2つがあるなど、会計基準の複線化現象が生じている。複数あるという事実は、選択する権利と責任があることを意味する。
この点について、2015年4月に金融庁が公表した報告書では、国際会計基準を任意適用した企業の最大の利点として、経営管理への寄与(経営管理の高度化)を挙げるアンケート結果が示されている。国際会計基準の任意適用企業が多い業種は、子会社や競合企業を含めて国際化している医薬品及び総合商社である。一方、任意適用企業が0社の業種は、農林・水産等の国内市場が中心のところが多い。
この違いは、会計基準が経営管理の手段であり、経営のあり方や利害関係者が異なれば、全ての企業が同一の会計基準を採用する必然性がないことを示唆している。かつては押し着せであった会計基準は、今や選択できる時代である。その選択は経営に直結するならば、苦手を理由に他人まかせにできない、経営者本来の責務といえる。
【略 歴】
吉田 康英(よしだ やすひで) 中京大学 ビジネス・イノベーション研究科 教授
会計学
名古屋大学大学院経済学研究科博士後期課程(博士)、米国・日本公認会計士
1960年生まれ