認知症の私として生ききる
ケアの充実で老後の安心を
野口 典子 現代社会学部教授
野口 典子教授 |
いまや、認知症という言葉は多くの人の知るところであり、長寿化に伴うリスクとしてその対応が急がれている。近年、若年性認知症の問題が浮上してきており、65歳未満で発症した人に対する厚生労働省の調査によれば、発症年齢の平均は51.3歳であり、調査対象の66%の方が、就労経験があり、定年前に自ら退職したのは7割強であることが明らかとなった。認知症ケアの充実を図ることは、私たちが安心して老いることができる重要な条件なのである。国は、認知症施策推進戦略(新オレンジプラン)を示し、その対策に乗り出している。その7つの柱は、①認知症への理解を深めるための普及・啓発の推進、②医療と介護の連携、③若年性認知症施策の強化、④介護者への支援、⑤認知症の人などへのやさしい地域づくり、⑥認知症予防に関する研究開発、⑦認知症の人とその家族の視点の重視である。確かにどれも重要であり、その充実を望むものであるのではあるが、残念ながら「いまの課題」にどう対応するのかが伝わってこないようでならない。
認知症は決してわが国の問題だけではなく、高齢化の進む国に共通する21世紀の新しい社会的リスクの一つであり、多くの国々により先駆的な取り組みが行われている。
デンマーク政府は、2010年末に、認知症国家行動計画を発表した。2011年からの4年間を実施期間とし、①認知症の発見からケアまでの実践プロセスに関すること、②早期発見と健康維持、③心理社会的療法を取り入れた行動・心理症状(BPSD)への対応、④認知症の人の権利保障、⑤ボランティアの協力と家族(ほとんどが配偶者)の介護負担軽減、⑥認知症専門職教育の充実、⑦研究活動と普及活動(治療およびケア場面で活用できる身体的運動プログラムの開発など)の7分野を重点施策とした。また、デンマーク政府は2014年から2017年にかけて、各自治体に高齢者に「よりよい福祉」を提供するための補助金を出すこととし、98の自治体がこの補助金の申請を行い、現在、自治体ごとに戦略が進行中である。認知症高齢者用の体操サービス、早期の方への身体トレーニングプログラムの開発、認知症セーフガードの設置など多様である。
この2月、デンマークの認知症の方々が通うデイホームを訪問する機会を得た。朝10時から遅い朝食が始まり、参加者は今日1日のプログラムを決め、そのスケジュールに従って夕刻まで過ごすのである。軽度の認知症であることは参加者の誰もが知っていて、やがて自分のことも、配偶者のことも忘れてしまうことも認識されておられる。しかし、彼らはその日が来ることをおそらくは心の奥底では恐怖しながらも、“ヒュケリ”(今日という日を大事に楽しく過ごす)の気持ちを大切にし、周囲を悲しませない、自分(いまの)を大切に、ゆっくりと過ごされているのである。認知症になってしまったことは残念だけれども、認知症である自分を生きておられることに心打たれたのであった。
【略 歴】
野口 典子(のぐち のりこ) 中京大学 現代社会学部 教授
社会福祉学(高齢者福祉論、地域福祉論)
日本福祉大学大学院社会福祉学研究科博士後期課程修了・博士(社会福祉学)
1951年生まれ