安全を保障してスポーツ振興を!
「スポーツ衛生学」の役割
渡邉 丈眞 スポーツ科学部教授
渡邉教授 |
わが国では、現在、すべての対人サービスにおいて安全の担保が要求されるようである。また、運動やスポーツの価値が広く国民に享受される時代にもなってきた。しかし、スポーツ活動の安全性に対しては、体罰問題に限らず様々な視点から疑問が投げかけられており、安全を重視したスポーツ活動支援のあり方を考案することが喫緊の課題と考えている。
「スポーツ衛生学」では、スポーツ現場での健康と安全に対して、スポーツをする環境(大気、水、温湿度、紫外線、粉じん、騒音、グランド・コートの状態など)、スポーツをする条件(競技種目、指導者、強度・頻度・時間、服装・用具・保護具など)、スポーツをする人たちの状態(性、年齢、職種、運動能力・体力、現病歴・障害歴など)等のあらゆる面からの支援策を考究する。そして、その実学的研究成果を根拠として、人の健康と安全を保障できるような指導者育成やサービス提供のシステム構築に寄与することを望んでいる。
私の研究室では、児童・幼児、障害児・被虐待児、高校・大学運動部員、勤労者、地域住民・高齢者など幅広い年齢や分野にまたがってスポーツ衛生学的根拠を粛々と蓄積してきている。近年、子どもの日常的な屋外遊びが激減したり、被虐待児に代表されるように家庭での日常的生活動作(箸を使ったり、水たまりを飛び越えたり、人込みでぶつからないように歩いたりすることなど)の習得が貧弱になったりしてきたことが危惧されるようになった。子どもたちの体力や身体的な生活スキルが低減していることは、運動やスポーツを活用した教育支援サービスの需要がますます拡大しているだけでなく、対象となる子どもたちへの安全配慮をより慎重に用意するべきであることを意味している。
スポーツ現場での重大な心身事故やオーバーユースによるスポーツ障害は当然予防されなければならない。スポーツ活動中の、暑熱、粉じん、騒音などの環境による健康被害も、感染症やアレルギー、脱水症の発症も予防されるべきである。スポーツ指導に関連した体罰、いじめ、ハラスメントが生じてはならない。より安全な環境の中でより安全なトレーニング法やコーチング法、用具・保護具を用いるべきである。特に子どもたちへの安全の担保を怠ると、その後の人生をも歪めてしまうかもしれない。
元来、スポーツは、身体を使う喜びを分かち合い、感動を共有し、人々のつながりをも深める。こうしたスポーツの力は、社会の中で共に生きる喜びを広げ人生を豊かなものにするはずであり、どのような社会でもスポーツを振興する価値は高い。そのためには、健康と安全を保障する「スポーツ衛生学」の役割は大きいと考える。
【略 歴】
渡邉 丈眞(わたなべ たけまさ) 中京大学 スポーツ科学部 教授 ・ 大学院体育学研究科長
公衆衛生学、スポーツ衛生学
名古屋大学医学部卒業。医学博士。
1955年生まれ