網膜視覚情報処理の応用
知能的なセンサー開発へ
石原 彰人 工学部准教授
石原准教授 |
先日、iPS細胞(人工多機能幹細胞)から網膜色素上皮細胞を作成し、眼の難病を抱えた患者に移植する世界初の手術が行われた。従来、困難とされていた脳や網膜などの感覚器官に代表される神経系への再生医療の実用化へ向けて大きく動き出したことを示すこのニュースは、生物や生体の仕組みの研究から医療分野への応用まで展開しようとしている例の1つである。同様に感覚器官や脳などの神経系における情報処理機構を明らかにし、工学・産業分野への応用を目指す研究も行われている。
脳・神経系は、膨大な神経細胞が複雑に絡み合った神経回路を構成している。その細胞間を微弱な神経信号が行き来することで我々は、物を見て知覚・認識し行動を計画・実行する。感覚器官である網膜は脳の出先器官とも呼ばれ、網膜上に投影された画像情報を神経信号に変換し脳に伝達するだけでなく、視覚に関する基本的な情報処理がなされている。これは、例えば周辺光に順応して眼が慣れる機能や、画像中の輪郭線など明るさが変化する部分を強調する機能などの視覚に関する前処理機能である。したがって網膜は、撮像内の重要な情報を自動的に強調する知能的な画像処理機能回路を、CCDやCMOSイメージセンサに対して追加した知能センサーに相当する。
我々は、豊橋技術科学大学・愛知県立大学と共同で、網膜における視覚に関する基本的な情報処理機構について研究してきた。特に我々は、細胞内システムを忠実に模擬した神経細胞を組み立て、コンピューター・シミュレーションより網膜の視覚情報処理機能解明にアプローチしている。その中で暗闇中の僅かな光点を増幅する神経機構や、光の明るさ変化を脳に絶えず送るために重要な機能について解析を進めている。こうした研究から、それぞれの細胞のもつ生理機能と対象とする情報処理機能との関連を明確化すると同時に、複雑な生体の情報処理アルゴリズムを抽出できる。その成果は、例えば画像内の明るさのムラに依存しない部品検査用産業ロボット開発など、人が実際に眼で見ないとできない作業を代替できる機械システムの応用などへ期待できる。
現在「センサー」「駆動系」のみで構成された機械システムから、網膜や脳で実現されている情報処理機能や制御機能を明らかにし「知能・制御系」を組み込みこんだ、より柔軟性や汎用性のあるロボットの開発が進められている。すなわち、状況に応じて情報処理や制御を適したものに変化させていく、生体に習った機械システムが求められている。奇しくも安倍政権は「日本再興戦略」の中の1つにロボット技術による新たな産業革命の実現を掲げ、去る9月11日には、第1回ロボット革命実現会議が開かれた。今後、活発化していくと考えられるロボット関連産業の中で、我々が進めている研究成果が活用されていくことを期待している。
【略 歴】
石原 彰人(いしはら あきと) 中京大学 工学部機械システム工学科 准教授
神経情報工学
豊橋技術科学大学大学院工学研究科博士後期課程
電子・情報工学専攻修了・博士(工学)。
1971年生まれ