高等教育改革—開かれた大学を目指して
高等教育制度の見直し
白井 正敏 経済学部教授
白井教授 |
日本の高等教育は国公立対私立大学の図式で語られてきた。総大学数約800校のうち、23%が国公立大学、77%が私立大学である。総学生数、約288万人のうち、私立大学学生が73%を占めている。国公立大学は学生一人当たり54万円を徴収し、419万円を支出している。私立大学は学生一人当たり118万円を徴収し、142万円を支出しいている。これからわかるように、少数の国公立大学の学生は私立大学の学生に比べ、安価で良質なサービスを得ている。これは、主に、国公立大学には総計1兆円を越える公的補助金が支払われているのに、私立大学には総計6千億円弱しか補助金が支払われていないことに起因する。
国立大学の授業料を低く抑えるのは、低所得層の能力の高い子供にも教育の機会均等を保証するための措置であるとされた。実際、国立大学の授業料が極めて安かった1960年代には、国立大学への進学率の所得階層間格差はみられなかった。しかし、70年代に入ると、日本経済が高度に成長とともに高等教育需要が急増し、私立大学の授業料も高騰した。政府は公立私立大学の授業料格差を拡がらないように、国公立大学の授業料を上昇させた。そのため、現在では、低所得者層からの国立大学進学率は大きく減少し、国立大学へ所得階層進学率格差は大きく拡大した。国公立大学は、もはや、高等教育の機会均等に貢献していない。
大卒労働者の平均生涯賃金所得は高卒の生涯所得より高い。この差額は教育の金銭的収益である。大学教育は、個人にとっては他の物的投資に比べて収益の高い投資である。同時に、教育は、社会全般おおきな投資効果を持つ。個人が教育で得た知識や技術は、社会全体の将来の生産性を高め経済成長に貢献する。また、教育による所得増は税収を増加し、政府支出を通じて社会に寄与する。社会的便益に応じて、教育を公的に補助することは社会的に容認される。では、国公立大学は私立大学にくらべて、より大きな社会的便益をもたらすのであろうか。しかし、それを示す実証的根拠はない。私立大学を遙かに上回る国立大学への大きな公的補助を与える二つの理由は疑わしい。
教育には、個人の能力を選別する機能がある。学歴の高い個人は能力が高いとみなされ、より大きな経済機会が与えられる。国立大学、私立大学の難関校には高所得者層の子供の割合が高い。また、その子供が難関校に入学し、高所得層になる可能性が高い。教育は、学歴を通じた所得格差を世代間で再生産するメカニズムに貢献している。研究費を別とすれば、そのような難関校に過剰に公的支援をすることは是認されないだろう。選別的な大学は市場メカニズムにまかせた自立型私立大学が適切である。しかし、公的教育支出を増やす理由はないとはいえない。日本の高等教育への公的教育支出はGDP比で最低の水準である。日本の高等教育への進学率は、OECD諸国の平均より低い。低所得、あるいは他の理由で高等教育を受ける機会を奪われている国民が半数近くいる。年齢を問わず、多くのの国民が高等教育を受けられる高等教育制度を創るための公的教育支援はまだまだ必要である。
【略 歴】
白井正敏 (しらい まさとし) 中京大学 経済学部教授
財政学、教育経済学
名古屋大学大学院経済学研究科 学位 博士(経済学)
1949年6月29日生