著作権法をめぐる政治過程
利用者の意見も反映するための制度設計を
京 俊介 法学部准教授
京准教授 |
著作権という表現に関する権利の存在自体を知らない人は今日ほとんどいないだろう。しかし、その権利がどの範囲にまで及ぶのかを正確に認識している人はそれほど多くないかもしれない。
一つ例をあげてみよう。取引先から送信されたメールを社内の会議での情報共有のために印刷して配布することは、日常的に行われているだろう。しかし、送り主にその許諾をとっていない限り、その行為は著作権の一部である複製権の侵害になりうる。
このように書いたのは、何もあなたのオフィスで行っていることが違法行為であると咎めたいわけではない。「権利」を縮小することは倫理的・道徳的に許されないように思えてしまうが、この権利の内容は法律で決まっているのであるから、社会において不都合が存在しているのであれば、法律を変えればよいのである。著作権については、国際条約による一定の制約はあるものの、国内の立法過程において内容を決められる余地が十分に存在する。
しかしながら、このように日常生活に密接に関わる法律であるにもかかわらず、その法律の改正について、民主的な選挙で選ばれた代表者が積極的に関与することはほとんどない。専門性が高く、一般の有権者の関心も乏しいことから、政党や政治家個人にとって選挙でアピールできる「おいしい」争点ではないからである。
このような特徴をもつ法律や政策のことを、政治学においてはロー・セイリアンスの(顕在性が低い)政策と呼ぶ。現代の国家の活動領域が非常に広範であることに比べて公選政治家の数が限られていることから考えれば、著作権法に限らず今日の多くの政策はロー・セイリアンスであるといえる。
ここで問題となるのは、仮に上述したような違法状態をなくすべく民主的な経路を通じて法律を改正しようと考えたとしても、その経路自体がそもそも見つからないということである。では、このような特徴をもつ法律や政策の内容は一体どのようにして決まっているのか。公選政治家が積極的に関心をもたないとなれば、実質的な政策の内容はその政策を所管する官僚およびその政策に強い利害関係をもつ利益団体との間の交渉によって決まってくることになる。
著作権法の領域でいえば、日本音楽著作権協会(JASRAC)や日本レコード協会などの著作権者の権利を守るための組織が有力な利益団体である。こういった団体は強い組織力を背景として、組織化されていない著作物の利用者に比べ、自己の要求を法律の内容に反映させやすい。結果として、著作権法の内容は権利者に有利になるよう強化されていく傾向がある。
文化は先人の作品を模倣しながらそこにオリジナリティを加えていくことによって発展していくため、著作権を保護しすぎると模倣ができなくなり、結果として文化が衰退していく恐れがある。利用者の意見がそもそも反映されにくいという政治過程の構造的特徴を踏まえながら、著作権法改正の際の意思決定過程において権利者だけでなく利用者の意見をも反映させられるようにする制度設計を考えていくことが、今後の著作権法のあり方を考える上で重要となろう。
【略 歴】
京 俊介(きょう しゅんすけ)・中京大学法学部准教授
政治過程論
大阪大学大学院法学研究科博士後期課程修了・博士(法学)
1982年生まれ