少子化と医療費助成制度
社会にあたえる影響とその評価
湯田 道生 経済学部准教授

湯田道生経済学部准教授
湯田准教授

 総務省の「人口推計」によれば、2013年4月1日時点のわが国の子供数(15歳未満人口数)は1649万人、その総人口に占める割合は12.9%となっており、それぞれ32年・39年連続で減少している。こうした長期にわたる少子化は、日本社会の将来に重大な問題をもたらす可能性がある。例えば、労働力は経済成長の重要な一要素であるが、長期的な少子化は将来の労働力人口の減少をもたらし、これは将来の経済成長を鈍化させる。また、現行の社会保障制度は、若者が高齢者を支える賦課方式でほぼ運用されているため、長期的な少子化はその持続可能性を大いに揺るがす。

 こうした状況に対して、政府は、社会保障と税の一体改革において、子ども・子育て支援の充実を掲げており、現在、活発に政策論議が行われている。また、地方自治体レベルでも、地域のニーズに応じた独自の様々な施策が導入されている。

 本稿では、後者の施策の中でも、特に子供の医療費に対する助成とその影響について考えてみたい。

 近年、子育て世帯の経済的負担を軽減することを目的として、子供の医療費の自己負担部分に公的な助成を行っている自治体が増えている。厚生労働省の公表によれば、対象者や給付内容は自治体によって異なるものの、2012年4月時点で47都道府県1742市町村において何らかの助成が行われている。こうした制度は、家計が支払う子供に対する医療サービスの直面価格を下げる。すなわち家計は、これまでと同様の良質な小児医療をより安価な費用で利用できるようになるため、短期的には、子供の健康水準が良好に保たれることが考えられる。また、米国の研究では、幼少期の健康状態と将来の社会経済的地位には正の相関関係があることが明らかにされており、もしこの関係が日本にも当てはまれば、この制度は長期的に見ても良好な影響をもたらすと考えられる。

 しかしながら、支払費用が低いことが、頻回受診や薬剤の過剰処方および時間外診療の積極的な利用などの別な問題を生じさせていることも指摘されている。このような子供の健康の改善に必ずしも貢献しない医療は「事後的モラルハザード」と呼ばれており、医療経済学では、これらの過度に生じる医療給付を社会的な損失とみなしている。慶應義塾大学の別所俊一郎准教授による研究では、子供の医療費助成の導入は、未就学児の通院確率には影響を与えないが、小学生のそれを有意に引き上げること、また医療費助成制度は必ずしも子供の健康の改善に貢献していないことを示唆する結果が得られている。さらに、この事後的モラルハザードによって小児科医の勤務医の負担が激増し、激務に耐えられなくなった医師が退職して、その地域の小児科医が不足するという事態が生じている地域もある。

 「子供は社会の宝」と言われるように、子供が心身ともに健やかに成長していく環境は、少子化が長期にわたって解消されない我が国においては非常に重要なものである。しかし、国家・地方ともに財政事情が厳しい昨今においては、対象者のインセンティブを考慮した制度設計、制度の費用対効果の検証および制度がもたらす他の弊害についての対応についても熟慮する必要があるといえる。


【略 歴】
湯田 道生(ゆだみちお)・中京大学経済学部准教授
医療経済学・社会保障論・応用計量経済学
一橋大学大学院経済学研究科修了。博士(経済学)取得
1978年生まれ

2013/09/06

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