東南アジアのエリアケイパビリティ
生活向上計測の多様な指標
川田 牧人 現代社会学部教授

川田牧人教授
川田教授

 東南アジアをはじめとする熱帯地域の沿岸域は、海洋生態における生物多様性がゆたかに認められるが、近年、環境変動や人の利用のしかたの変化などから海洋生物資源のうけるダメージが問題となってきた。生態系の健全な持続をたしかなものにしてゆくためには、その生態系にいかに多くの生物種が生存しておりどのように成り立っているかを正確に把握した上で、その地に住む人びとが海洋生態資源を適正に利用しながら、どのようにすればよりよき暮らしを築き上げることができるかが問われなければならない。

 このような問題意識のもと、総合地球環境学研究所において「東南アジア沿岸域におけるエリアケイパビリティの向上」という研究プロジェクトが進行中である。フィリピン・パナイ島、タイ・ラヨーン地域、日本国内の石垣島や三河湾沿岸などを対象地とし、生態系の多様性や持続性をまもりつつ住民生活の向上を図る地域開発が主題である。そのために海洋生物学、沿岸域環境の生態学、漁具漁法などに関する水産学、住民生活にかかわる社会学・文化人類学など、学問分野も多岐にわたる。またフィリピン、タイの調査研究にあっては、当地国の研究者も参加する国際共同研究でもある。

 キーコンセプトである〈ケイパビリティ〉とは、もともと経済学者のアマルティア・センが提唱した概念で、「潜在能力」を意味している。これは、生活の充足や開発の度合いを評価するのに富裕度やGDPといった経済指標にのみよるのではなく、教育や医療、福祉などの充実・浸透の度合いなども考慮し、総合的な自由・能力の平等性を見通すための概念である。環境保全ののぞましい形を考えるこのプロジェクトがエリアケイパビリティ(地域のもつ潜在能力)に着目するのは、数値で示される指標だけでは自然と人の両面から成り立つ資源的価値をとらえることができないからである。住民が規範意識を高めたり、相互協力の精神を発揮したりすることも、その地域の生活向上の重要な鍵になる。

 この調査の一環としてフィリピン・パナイ島のバタン湾を訪れたとき、タバというエリ漁を見学した。海流に沿って竹製の罠を仕掛ける漁法であるが、壮観だったのは湾が見下ろせる山からの光景であった。各タバは幅10メートルほどの大きさであるが、これがほぼ等間隔に湾内を埋め尽くしていたのだ。後で聞いたところによると、タバ同士の距離は100メートル、魚を誘導する受け口の広さは45度に開くという規定がほぼその通りに守られ、きわめて統制のとれた漁具の設置が実現していた。

 フィリピンの漁村社会の一般的状況においては、漁獲は早い者勝ちであり、罠漁具の設置場所に関しても同様である。またこの地域の社会的特質として、ボスといわれる顔役的存在が特権的に利益を享受するという構造(政治学者はこれをBossismとよぶ)もある。それらを抑制して、住民全員が一定の利益を均質に受けられるよう、役場の技術指導員と漁民同士の合意形成のうえに、タバ漁のルールが決められ、そしてかなり厳密に守られた結果が、幾何学的にも美しい漁場景観となったのだ。

 このような漁場の区画整理は、住民自身の努力と、たんに漁獲高をあげて裕福になりたいというだけでなく、お互いの配慮を厚くしたいとか規律正しく生きたいといった意味も含めた生活向上への意志のあらわれだ。そこに自然科学的なデータ収集と社会経済的な計量分析が加われば、よりよき地域の暮らしが見えてくるのではないかと期待している。


【略 歴】
川田 牧人(かわだ まきと)・中京大学現代社会学部教授
文化人類学、東南アジア民族誌
筑波大学大学院歴史・人類学研究科中退
1963年生まれ

2013/06/26

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